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白井と二人で黙々と絵を描きながら、たまに会話を交わす。
そんな時間も悪くないと絵美里が思い始めていた、六月最終週のある日のこと。
その日は大雨が降っていて、美術室の窓ガラスを雨粒が激しく叩いていた。
そして、彼女が訪れた。
「失礼します」
主張強めのノック音と、よく通る高い声が部屋に浸透した瞬間、絵美里の背筋をすさまじい悪寒が駆けぬけた。
なぜ。
なぜ。
なぜ、姉が、ここに来るのか。何の用もないはずなのに。
ガラガラと勢いよく開かれたドアの向こうには、上品な笑みを浮かべたマリアが立っていた。
「突然ごめんなさいね」
「…………なにを、しにきたの」
精一杯の虚勢を張ったつもりだけれども、絵美里の声は震えてしまう。
絵美里の強がりを嘲笑うように、マリアは、唇を吊り上げた。
「そんなに怖い顔をしないでもいいじゃない、絵美里。冷たい妹ねぇ。あたしは、ただ忘れ物を取りにきただけよ」
マリアは、堂々と美術室に入ってきて、ある机の中の物を取りだした。
(お願いだから。早く帰って……)
血が滲むほど口を強く噛んだ絵美里の必死な祈りも、届かない。
マリアは、ずっと呆けたように彼女を見つめ続けている白井に視線を向けた。
「あら。そこのあなた、とても素敵な絵を描くのね」
「へっ……」
「まだ途中のようだけど、すでに素晴らしいわ。完成したら、ぜひあたしにも見せてね」
美しさは、時に、暴力となる。
現に今だって、マリアの笑みに、白井の心が撃ち抜かれてしまった。
幻聴かもしれないが、絵美里の耳にはハッキリとその音が聴こえた。
そして、絵美里の勘は、哀しいほどに間違っていなかった。
マリアが現れた翌日、白井も、絵美里に対してマリアの話しかしなくなったのだ。
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