命懸けの復讐の先は

5/6
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 憎い。  憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。  マリアへの憎悪で心を埋めつくされた絵美里は、その夜、家には帰宅しなかった。  ひたすらに彼女と顔を合わせたくない、その一心で。  学校を出てから図書館へ向かったが、閉室時間となり追い出されてしまった。  行くあてもなく、人気のない夜の公園へと足を踏みいれた、その時。 「ほお? お前様には、私が見えているのだな」  絵美里は、いつの間にか、目の前に立っていた男の存在に瞠目した。  月光を浴びて輝く長髪は、銀の色。  切れ長の瞳は鮮血のように朱く、肌は血の気を感じないほどの白さ。  絵美里は、男の圧倒的な存在感に、震えが止まらなくなった。  姉のマリアも美しいが、この男の完璧な造形はその比ではない。 (な、に。この人……いや、人じゃない?) 「ご名答。私は人間ではないよ」  ああ。他人の心まで読めるなんて、この男は本当に人間ではないらしい。 「私は、人間が悪魔と呼んでいる存在だ」 「あく、ま……?」 「ああ。私のことが見えるのは、憎悪の感情で埋め尽くされた人間だけ。それも、呪い殺したいほどに憎い人間がいるだけだ」  脳裏にマリアの顔をよぎらせて緊張した絵美里の顎を、悪魔は長細い指で優雅に持ち上げる。 「怯えなくて良い。私は、お前様の望みを叶えることができるのだから」 「……それ、は、つまり」 「お前様の憎き相手を、呪い殺してやろう」 「そんな……」 「そんなに都合の良い話があって良いのかって?」  この悪魔には、隠し事をできない。  絵美里は、開き直ったようにうなずいた。 「……ええ。まさか無料(ただ)ではないでしょ?」 「たしかに対価は必要だ。これは単なる慈善事業ではないからね。対価は、そうだなぁ……お前様の命としようか」  命。  悪魔と取引をして、マリアを呪い殺すことができたとしても、自分まで死んでしまってはその幸福を噛みしめることができない。本末転倒ではないか。  葛藤する絵美里に、悪魔は、くつくつと笑う。 「たしかに迷うだろう。それならば、猶予をやる」 「猶予?」 「お前様が死ぬのは、憎き相手を呪い殺してから一年後。これならばどうだ?」  一年間。  一年間もの間、マリアの影響下から逃れて、平穏に過ごすことができる。  見下され、貶められ、奪われ続ける人生からの解放。  それは、今の絵美里にとって、喉から手が出るほどに甘美な誘惑に感じられた。 (マリアを殺せるのなら……死んでも良い!) 「取引をするわ」  月夜の遭遇は、絵美里を、復讐の道へと誘った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!