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憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
マリアへの憎悪で心を埋めつくされた絵美里は、その夜、家には帰宅しなかった。
ひたすらに彼女と顔を合わせたくない、その一心で。
学校を出てから図書館へ向かったが、閉室時間となり追い出されてしまった。
行くあてもなく、人気のない夜の公園へと足を踏みいれた、その時。
「ほお? お前様には、私が見えているのだな」
絵美里は、いつの間にか、目の前に立っていた男の存在に瞠目した。
月光を浴びて輝く長髪は、銀の色。
切れ長の瞳は鮮血のように朱く、肌は血の気を感じないほどの白さ。
絵美里は、男の圧倒的な存在感に、震えが止まらなくなった。
姉のマリアも美しいが、この男の完璧な造形はその比ではない。
(な、に。この人……いや、人じゃない?)
「ご名答。私は人間ではないよ」
ああ。他人の心まで読めるなんて、この男は本当に人間ではないらしい。
「私は、人間が悪魔と呼んでいる存在だ」
「あく、ま……?」
「ああ。私のことが見えるのは、憎悪の感情で埋め尽くされた人間だけ。それも、呪い殺したいほどに憎い人間がいるだけだ」
脳裏にマリアの顔をよぎらせて緊張した絵美里の顎を、悪魔は長細い指で優雅に持ち上げる。
「怯えなくて良い。私は、お前様の望みを叶えることができるのだから」
「……それ、は、つまり」
「お前様の憎き相手を、呪い殺してやろう」
「そんな……」
「そんなに都合の良い話があって良いのかって?」
この悪魔には、隠し事をできない。
絵美里は、開き直ったようにうなずいた。
「……ええ。まさか無料ではないでしょ?」
「たしかに対価は必要だ。これは単なる慈善事業ではないからね。対価は、そうだなぁ……お前様の命としようか」
命。
悪魔と取引をして、マリアを呪い殺すことができたとしても、自分まで死んでしまってはその幸福を噛みしめることができない。本末転倒ではないか。
葛藤する絵美里に、悪魔は、くつくつと笑う。
「たしかに迷うだろう。それならば、猶予をやる」
「猶予?」
「お前様が死ぬのは、憎き相手を呪い殺してから一年後。これならばどうだ?」
一年間。
一年間もの間、マリアの影響下から逃れて、平穏に過ごすことができる。
見下され、貶められ、奪われ続ける人生からの解放。
それは、今の絵美里にとって、喉から手が出るほどに甘美な誘惑に感じられた。
(マリアを殺せるのなら……死んでも良い!)
「取引をするわ」
月夜の遭遇は、絵美里を、復讐の道へと誘った。
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