二話

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二話

 だが()はそれからすぐに、お守りすると決めた母をも失うことになった。母は父と兄の葬儀が済んだ翌日、自室のベッドで眠るように亡くなっていた。医師の見立てでは、母は服毒自殺を図ったということだった。私はそれを聞いて、おかしいと思った。母にはまだ私がいる。私ひとり残して自ら命を断つようなことは絶対にしない。父と兄に続き私も死んでいたなら母も後を追ったかもしれないが、残された私を追い詰めるようなことは絶対にしない、自殺なんてあり得ないのだ。なら誰かに毒を飲まされたことになるが──。 「──ノイア様……?」  考え込む私を心配してズイが声をかけてくれた。犯人が分からない今不用意に口にすべきではないと思うが、ズイなら大丈夫だろう。私はズイを自室へと招き、母の死が他者によるものである可能性について話した。私の話を聞いたズイは、少しだけ考えて「もしかしたら──」と、ある可能性について口にした。それは隣接するレント伯爵のことだった。  話はこうだ。レント伯爵はうちと同じ爵位を持ち、領も隣り合わせだ。条件にほとんど違いはない。だが領内での作物の収穫量や質はずいぶんと差ができてしまっているらしい。そしてうちはレント伯爵に比べて家の歴史はそこまで長くはない。レント伯爵はそんな相手に負ける(・・・)ことが許せない、と考える性格をしているらしい。私はまだ政については一切関わってこなかったから知らなかったが、今までも小さな小競り合いはあって今回のこの暴挙もレント伯爵の性格を考えると充分にあり得る話なのだそうだ。  私はズイの話を聞きながら握り込んだ手の平に爪が食い込んでいくのを感じた。痛みなんか感じない。私はそれ以上の怒りに支配されていた。 「────っ!」  握りしめた拳にズイの手がそっと添えられ、私はピクリと肩を震わせた。 「──ズイ、私はどうしたらいい?」 「あくまでもこれは可能性の話で事実ではないかもしれません」 「じゃあなにもするなと? もしも事実だったとしたら私は黙って殺されるまで待てということか……?」  両親や兄のように──という言葉を飲み込んだ。いくら頭に血が上っていたとはいえ、そんなのはただの怒りや漠然とした不安に対する逃げで、亡くなった父たちに対する侮辱だ。父たちはただ待っていたわけではないはずだ。 「いいえ。この私がきっと真実をつきとめてみせます。ですから私を信じて少しだけお待ちください」  そう言ってズイは力強く頷いて見せた。だから私は「──分かった」と答えるしかなかった。また自分の我儘ですべてを失うわけにはいかなかった。この領を守ることが私に残された唯一の、自分が生きる意味なのだから口が裂けても「待てない」だなんて言えるわけがなかった。 *****  だが私は気がつくとなぜかボロ小屋にいて、敷き詰められた藁の上で寝ていた。しかも真っ裸だったことに驚くが、腹の傷に塗られた薬草を見てハッとする。そうだ、私は何者かの襲撃を受けた。そして──誰かに看病されて──いた? なんとなくぼんやりと思い出すこともあるが、とりあえずこのままというわけにはいかない。なんでもいいから着る物を探した。  ほとんどなにもない小屋だ、自分の服を探し出すのにそんなに時間はかからなかった。広げてみた服は剣で斬られ、血で汚れていた。洗ってはいるようだが汚れのほとんどは落ちていなかった。気持ち悪くも思うが今はそれしか着る物はない為、諦めて着ることにした。 「いかなくては──」  私は痛む身体を引きずりながらもボロ小屋を抜け出し、自領へ向かって歩きだした。友人と狩りに勤しんでいた為、小屋から外に出るとなんとなくだが自分がいる場所が分かった。傍に見える森は特徴的で見覚えがあった。ここはレント伯爵の屋敷のすぐ傍だったと記憶している。うちと揉めているなんて知らなかったから平気でこの辺まで入り込んでしまっていたのだ。私がここにいるということはやはり父と兄、そして母を亡き者にしたのはレント伯爵の手の者だったのか? だがそれならどうして私は生き残った? レント伯爵は無関係なのか? 手当をされた跡もあった。誰がなんの為に私を助けたのか──。分からないことだらけだが、考えても答えが出るわけじゃない。どのくらい経ったか分からないが傷の様子から一日二日というわけではないだろう。それならそろそろズイが家族の死とレント伯爵との関係について調べ上げてくれているかもしれない。助けてくれた人についてはことが済んでからでもいいだろう。今私がレント伯爵に見つかってしまえばうちと揉めていたことは事実だから問題になることは確かだ。罪をでっちあげられてしまう可能性だってある。考えることは沢山あるが今は無事に帰ることだと思い、私は必死で足を動かし続けた。
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