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四話
連れ帰った少年はどうやら奴隷で、日常的に酷い暴力を受けていたようだった。服で隠れて見えなかった部分もボロボロで、いくつもいくつも、古いものから新しいものまで沢山の傷があった。おまけに声も出せないという。少年を診察した医師も奴隷だから当然のこととせず、かなり同情的だった。そして見た目は幼く見えるのに、あれで十八だというのだから少年には驚かされてばかりだ。
少年は文字は書けるようだが、あまり自分のことを教えたがらない。やはり私ではダメだということだろうか。それなら親元へ帰す方がいいのかもしれないと思ったが、少年は首をはっきりと横に振った。帰りたくない、或いは帰れないということだろうか。もしくは帰る場所がない? こんな酷い目にあわされていたのだ。奴隷になった経緯は分からない。──だが誰かを恨んでいるということもなさそうだ。だとすれば親がおらず帰る場所がないというのが正解か。
少年もひとりぼっち……ということか。なんだか自分と重なる気がした。あの場でこの少年を助けたいと思ったのもそういうことだったのだろう。いや、私にはズイがいる。それなら少年にとってのズイに私がなろうか──。
*****
少年を手元に置くようになって、それなりの月日が流れた。そうなってくると名前がないことが不便に思えた。声が出ないといってもこちらが言っていることは聞こえるのだから名前を呼んであげたい。それが少年を同じ人間として扱うことになるのではないかと思う。
「名前がないということだったが、やはりないと不便だと思うのだ」
私がそう言うと、少年は困ったように笑った。
「もしお前がいいと言うなら私がつけてもいいだろうか?」
今度は少年の目がキラキラと輝いていて、喜んでいるように見えた。名前をもらえることがよほど嬉しいとみえる。私も嬉しくなる。少年に合う名前を考えなくては。
「そうだなぁ……。『リヒト』ではどうだ? 『光』という意味だ。お前の未来が光り輝くものであって欲しい。またお前自身が誰かを癒す光であって欲しいという願いを込めた。気に入ってくれるといいのだが」
ブンブンと何度も頭を縦に振る少年、いやリヒト。リヒトが嬉しいと私も嬉しく穏やかな気持ちになれる。
「そうか、嬉しいか。リヒト、お前は自由だ。今はまだ傷が完全に癒えていないゆえ、もう少し先のことになるだろうが、──リヒトはなにがしたい?」
「…………」
私の問いにリヒトは困ったように笑った。リヒトは奴隷だ。これまで死ぬ方がマシというくらいの酷い目にもあってきた。いきなり自由だと言われてもすぐには信じることができないのだろう。信じてもらえないことは寂しいが、無理強いがしたいわけでもない。ゆっくりとこれからのことについては共に考えていけばいい。やりたいことがなにもないのならばずっと私の傍にいるのもいいだろう。
私は私にとってのズイとしてではなく、私は別のなにかとしてリヒトのことを愛おしく想い始めていた。
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