五話

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五話

 リヒトに名を贈ってから、私とリヒトの距離はどんどん近づいていった。リヒトの表情も少しずつ明るくなってきたように思う。 「リヒト、あそこをご覧。小さな鳥がいるだろう?」  私の示した方を見て、リヒトはこくこくと頷いた。その可愛さに思わずふっと笑い声が漏れて、怪訝そうにするリヒトになんでもないとその頭をゆるりと撫でた。リヒトは頭をこうやって撫でられることが好きらしい。撫でてやると恥ずかしそうにしながらも笑顔を見せてくれる。私もそんなリヒトを見ると嬉しくなる。もっともっと笑顔になれ。 「あれは我が領にしか生息していない珍しい鳥なのだが、どこかリヒトに似ていると思わないか?」  私の言葉を受けてリヒトは嬉しそうな笑顔から困ったような顔になり、右頬の火傷痕を確かめるように触れ、軽く首を左右に振った。きっとあんなに可愛い鳥と自分が同じだなんてあり得ないと言いたいのだろう。どうもリヒトは美しい容姿をしているのに右頬にある火傷痕のせいで、自分のことを醜いと思っているようだった。私は機会をみてはリヒトに「可愛い」「美しい」と直接言ってみたり、今のように美しいものにリヒトが似ていると言うことで、間接的にもリヒトは美しいのだと伝えた。そんなに気になるのなら薬で火傷の痕をなくしてやることもできるが、それにはかなりのお金が必要となる。リヒトが私の許嫁や妻であったなら許されるだろうが、私とリヒトの関係は──なんなんだろうか。初めて会ったときから私はリヒトの温もりを、匂いを知っている気がしていた。あり得ない話だ。だが勘違いだとは思えない。もしかしたらそのときから私はリヒトに惹かれていたから説明のつかない想いを抱いた、ということなのかもしれない。  最近はあんなに依存していたズイとの関係も元のように落ち着いたように思う。頼りにしていることに変わりはないが依存とは違い、ズイが言うことを全面的に受け入れたりはせず、おかしいことはおかしいと拒絶もできる。私にとって理想的な関係なのだと思う。私も少しは成長しているということだろうか。  リヒトとの関係も違うものへと変えることは許されるだろうか。許されるとしたら私は──リヒトの為の薬を購入する口実として許嫁にと望むのか。いや、そんなことは私は望んでいない。もしも望むとしたら本当の……。 「ノイア様!」  私の思考は、突然現れたズイによって遮られることとなった。 「ノイア様を殺害せんとした者を捉えましたっ!」 「──なに……?」  レント伯爵は殺したものの自分を殺そうとした者が誰かは判明していなかったのだ。犯人を処して、やっとすべてが終わることができると思った。そうすれば私は両親と兄に認められるだろうか。リヒトと幸せになることを許してくれるだろうか──?  だが犯人が捕えられているはずの牢屋には、犯人の物言わぬ亡骸が転がっているだけだった。これでは本当にこの男が犯人だったのかも確かめようがない。犯人は毒薬でもどこかに仕込んでいたのか、ズイは確認不足を謝っていたが、私の中にはどうにも釈然としない想いが残った。  そうしてそれから数日後にはリヒトは姿を消すことになる──。 第二章・完
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