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最終話 ①
リヒトは長いまつ毛をふるふると震わせ、ゆっくりと目を開いた。
「──目が、覚めたのか?」
聞こえてきたノイア様の声に幸せを感じながらもリヒトはまだぼんやりとしていて、自分は長い、長い夢をみていたようだと感じていた。
「どうした、まだ眠いのなら寝ているといい」
そう言って微笑みリヒトを見つめるノイアの目はどこまでも優しく、リヒトへの愛が溢れていた。リヒトもまたノイアを愛おしそうに見つめた。そして少しの違和感を覚えた。目の前にいるノイアはノイアであるはずなのにリヒトが知るノイアとは少しだけ違っているように思えたのだ。成長した──、十年くらい一気に年をとったような、そんな姿に思えた。だがリヒトはただの勘違いだと思うことにして緩く頭を左右に振った。そして微笑む。
「いいえ。眠くはないんです。ただ、なんだか沢山……沢山寝ていたような気がします。それに夢も見ていたような……」
「──夢、か……。それは楽しい夢だったか?」
「うーん……? よくは思い出せませんが……、ノイア様と一緒でしたので──きっと幸せで楽しい夢だったと思います」
「──そうか。それならよかった……」
そう言ってノイアはリヒトを抱きしめ、声を殺して泣いた。そのことをリヒトに悟られないようにしながらも、身体が僅かに震えてしまっていて隠せてはいなかった。リヒトはノイアが泣いていることにすぐに気づいたが、自分には言えないつらいことでもあったのかと思い、気づかないフリで子どもをあやすようにノイアの背中をポンポンっと軽く撫で続けた。
*****
実はあのとき、駆けつけた医師の懸命な治療によりリヒトは命は助かったものの意識を取り戻さなかったのだ。リヒトが感じたように十年の時が経っていて、リヒトはこの十年間、ただの一度も眼を覚ますことはなかった。
ノイアは今も自分の命の恩人がリヒトだとは知らないが、ずっと目覚めないリヒトの世話をし続けていた。毎日身体を拭き清め、排泄の世話もした。薬や栄養は点滴で補い、水分は口移しで与えた。その他にも関節が固まってしまわないように医師の指示の元温めたり、特別な薬を塗って筋肉を揉みほぐした上で手足を持って、動かすこともしていた。以前リヒトがノイアにしてきた以上のことを医師の助けを借りながらもしていたのだ。それも十年間も。だからリヒトは十年後の突然の目覚めもただ寝て、起きたくらいのものでいられた。
ノイアには領主の仕事もあり、ズイがあんなことになってしまった為、ぜんぶをひとりでやるしかなかった。短い間に色々なことがありすぎた。それを領民も理解していた為、ノイアが嫌になってすべてを投げ出したとしても誰も責めることはできなかっただろう。わんぱくだったノイアは領民たちから好かれていた。だがノイアはどれひとつ手を抜くことなく必死に頑張った。ただ愛する人が目覚めることを信じ、そのときに恥ずかしくない自分でいる為に。また、そうしていないとノイアは正気でいられる自信もなかった。
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