最終話 ③

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最終話 ③

 ズイとノイアは乳姉妹だった。実の兄だったソーマはノイアとは十歳離れており、幼かったノイアにはソーマがひどく大人に見えた。その為同い年であるズイの方が身近に感じられて、ズイと一緒にいることが多かった。自由奔放でわんぱくで行動力に溢れるノイアと聡明で世話好きで慎重なところのあるズイは、よくバランスが取れていた。ズイは兄、ノイアは弟、実の兄弟より兄弟らしかった。  ある日、屋敷にある大きな木の途中で降りられなくなって鳴いている仔猫を見つけた。ノイアは助けようとすぐさま木を登りを始め、ズイは止めさせようとした。 「ノイア、そんなことしちゃダメだよ。怪我をしたらノイアだって痛いし、怒られちゃうよ。助けたいなら誰か大人を呼んでこようよ」  ズイの言うことが正しいことはノイアにも分かっていたが、猫が仔猫であり落ちてしまえばただではすまないと思った為、すぐに助けてあげたいと思ったのだ。ノイアが木登りが得意だった為、過信してしまったということもある。 「ほら、こっちへおいで。大丈夫だから」  ノイアが怯える仔猫に手を伸ばし、捕まえる。怯え、固まったままの仔猫を自身の懐の中に入れ、もう一度優しく言い聞かせる。 「大丈夫だからな。そこで大人しくしておいで」  登るときよりも慎重に、あともう少しというところで仔猫は懐から飛び出してどこかへ逃げてしまった。ノイアは仔猫が飛び出したことでバランスを崩し、木から落ちてしまう。もう大分降りてきていた為地面からはそう離れてはいないところまできていたが、落下による痛みはあるだろうとノイアは覚悟した。  だが落ちたはずなのにちっとも痛くなくて不思議に思い目を開けると、ズイが自分の下敷きになっていた。 「えっ? ズイ! 大丈夫かっ??」  ズイが落ちてきたノイアを受け止めたのだが、子どもであった為そのまま一緒にべしゃりと崩れ落ちてしまったのだ。だがズイのおかげでノイアの身体には傷ひとつなかった。ズイの方も多少の怪我はありそうだが擦り傷適度で済んでいた。 「大丈夫。はぁ……、本当にノイアは……。僕言ったよね? 危険だって」 「だけど……、あぁ、そうだな。危険なことしてごめん」 「ふふ、素直なノイアは好きだよ。今回は怪我もなかったし、これはふたりだけのひみつってことにしない?」  「しー」と言って唇の前に人差し指を立てて見せた。ノイアも同じようにして、ふたりで笑い合った。  ノイアはズイのことを友人として、兄として本当に大好きだった。  それから何年もしないうちにズイはノイアのことを『ノイア()』と様づけで呼ぶようになり、精神的にも物理的にも距離をとった。身分的にも仕方がないこととはいえ、ノイアは寂しく思った。それでもノイア自身も成長しており、今まで通りじゃないと嫌だというのはただの我儘で、ズイを困らせることだと分かっていた。それからノイアは主従としての適切な距離を保ちながらも心の中ではずっと親しい人として慕っていた。だがその選択がズイの心を傷つけ、少しずつ歪ませていった──。ズイは物分かりのいいフリで、ノイアの我儘を期待していたのだ。
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