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番外編 3 恩人 ⑤ (ノイア視点)
思った以上に時間が過ぎていて、辺りは真っ暗な闇に包まれていた。気をつけながら馬を飛ばし屋敷へ帰り着くと、少年は寝室の床で眠っていた。メイドが何度ベッドに運んでもすぐに床で寝てしまうらしい。遠慮とは違う心の傷を見た気がした。私は少年をそっと抱き抱えベッドへと運んだ。そしてリヒトと少年を挟むようにベッドに横になり、痩せ細った身体を撫でた。あのころのリヒトに比べるとマシには見えるが、こういうことは程度の差で受ける心の傷に違いが出てくるものでもない。あの親戚は本当にろくな人間ではないな、と思う。なぜ実の子にこんな仕打ちができるのだろうか。
「ねぇノイア様、この子にも名前をつけてあげませんか?」
「名を? 名がないのか?」
「いいえ、あるにはあるんですが……ヌッツ──」
「ああ、いい分かった。私たちの子になるこの機会に変えてしまうのもいいな。だがその前に本人の意思は確認するとしよう」
「はい。もちろんです」
途中もぞもぞと少年が身じろいだ気がしたが、その小さな温もりが傍を離れることはなかった。
*****
そうして私たちは少年の意思を確認した後、少年と養子縁組を行うことにした。その際欲塗れの顔を隠そうともせずやってきた親戚には充分すぎる金を握らせ、今後一切少年との関わりを断つことを約束させた。金で少年を買うようで嫌ではあるが、これも少年の為だと自分を曲げた。『約束』もただの口約束ではなく、魔法契約書を用いたものだ。万が一にも契約を破ることがあれば命がなくなると脅しておいた。分かりやすくする為にそうしたが、実際は命までは取らないが死ぬよりも酷い目に合う。
すべてのことはもちろん少年、フリューゲルに前もって確認をとった上でのことだ。実はそのとき私はフリューゲルの元親に罰を与えることも提案していた。だがフリューゲルは私たちの子どもになれるならそれでいいと首を横に振った。それは元親に対する怯えではなく、フリューゲルの優しさなのだろう。だからこそ思う。『翼』の意味があるフリューゲルという名の通りこれからは自由であって欲しい。誰にも虐げられることなく、まっすぐに──。
私はフリューゲルを養子に取ったが、跡を継ぐかどうかは本人の意思に任せようと思っている。そのことはリヒトも同じ考えだったらしく、私がそう話すと喜んでくれた。
「フリューゲル、翼の意味を持つ名をつけたのは、フリューゲルが自由であって欲しいという願いを込めたのだ。私とリヒトはお前のことを愛している。だからこそ自由に、好きな場所へ飛び立って欲しいと願う。父の跡を継ぐのもいいし、家を出てやりたいことをやってもいい。そして疲れたなら父と母の元へ帰っておいで。私たちはここで待っているから。そのことを覚えておくといい」
「僕もノイア様と同じ気持ちだよ。だけど今はまだそのときじゃない。小さなフリューゲル、お腹いっぱいおいしいものを食べて、疲れるまで遊んで、そして眠くなったら僕たちの腕の中で安心してお休み。僕たちがフュルーゲルを守るから」
まだ少しおどおどとしていたフリューゲルだったが、私とリヒトの言葉を受け、初めて笑った。その笑顔は涙でぐちゃぐちゃだったが、とても愛らしく愛おしいものだった。
二十年後、フリューゲルはその名の持つ意味通り、空を舞う鳥のように自由な心を持ち、身分に関係なく誰にでも分け隔てなく公平に接する、領民に愛されるブライトマン伯爵領の領主となった。
私とリヒトはもちろん愛する息子の成長を喜び、最期まで見守り続けた。
番外編 恩人 (ノイア視点)・完
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