三話

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三話

 青年は未だ目を覚ましてはいないが、傷の状態からも少しずつではあるが確実に快方に向かっていると分かる。少年は青年の命を守れたことが嬉しかった。本当に嬉しかったし幸せだった。少年にとって、青年との時間は両親が亡くなって以来初めて感じる幸せな時間だった。そう思うのに少年は今浮かない顔をしていた。青年が回復しているということは、青年との別れが近いことを意味するからだ。少年は青年の額に自分の額を合わせ、少しだけ──このまま目が覚めなければいいのに……と心の中で呟く。青年のことを本当に考えるなら一日でも早く良くなってここを去ることが望ましい。青年のことを心配し、帰りを待つ者もいるだろう。自分なんかが独り占めしていい存在ではないのだ。青年との別れを想像するだけで寂しくて悲しくて、今までに受けたどんな暴力よりも心が痛い気がした。  だが僅かばかりのパンも青年にすべてを与え続けている為、少年は限界が近かった。そういう意味でもふたりは離れるべきだった。それでも願ってしまうのだ。ずっと一緒にいられたら──と。そんな少年のことを誰が責められるだろうか。だが少年自身が責めてしまう。()であればこんな感情はおかしい、と。それが初めて抱いた『恋心』だとは気づかずに。  そしてついにその時が来てしまった。少年が青年を拾って二週間後のことだった。少年が仕事にいっている間に青年が姿を消したのだ。小屋の中には争った形跡もなく、隠すように置いてあった青年の服もなくなっていた。そのことから意識を取り戻したのであれば自分の意思で、意識を取り戻していない場合でも助けがきて、丁重に扱われ連れて帰られたに違いなかった。もしもそうでなければこの場には無惨な姿の青年の亡骸が残されているか、乱暴に扱われた形跡が残っているはずだからだ。少年はあれほど青年の幸せを願っていたのに、青年が在るべき場所へ戻れたことを素直に喜ぶことができなかった。遅かれ早かれいつかはこうなると分かってはいた。それでも青年が傍にいないことが悲しくて寂しくて、少年はその場に崩れ落ちて声を上げて泣いた。 「うぁあああああああ……っ!!」  自覚しないままの恋心が悲しみを助長する。だがどんなに泣いても少年の泣き声は誰の耳にも届くことはなかった。  やがて泣き声そのものも消えた。この場には少年が声を出すことを咎める者はいないとはいえ、命令により三年近く声を出さなかった少年の声は枯れてしまっていて、ひと晩中泣き続けることでとうとう出したくても声が出なくなってしまったのだ。だが悲しいかなそれに気づく者は誰もいない。少年はいつものように働き、そしていつものように暴力を振るわれる、なにも変わらない日常。本当なら青年の看病やパンを分け与える必要もなくなり調子を戻してもいいはずなのに、少年はどんどん衰弱していった。  そんな少年のことを気にかけてくれる人物が現れた。レント伯爵のひとり娘であるジェニファーの婚約者であるルイスだった。
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