四話 ※暴力表現

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四話 ※暴力表現

 少年はできるだけ人目についてはいけないことになっていた為、ルイスがジェニファーと婚約し、この屋敷に通うようになって半年が過ぎようとするころになって初めて少年の存在を知った。ルイスがたまたまいつもとは違う場所へと入り込んでしまったことで、ふらふらと満身創痍で歩く少年を見つけてしまったのだ。ルイスは驚き、すぐにジェニファーを問いただした。少年の姿はまるで生きた屍のようで、とてもまっとうな扱いを受けているとは思えなかったのだ。ルイスの問いにジェニファーはキョトンとし、少年は奴隷でありこの扱いは当然だと答えた。ジェニファーにしてみれば、ジェニファーが直接なにかをしたわけでもなく、奴隷をどう扱おうと問題ないと思っていての反応だった。実際世間の奴隷に対する認識は程度の差はあるものの大多数が同じようなものだった。だからルイスは少数派ということになる。  ルイスはジェニファーに対し嫌悪感を露わにし、少年の扱いを改めるように言った。奴隷とはいえ同じ人間に対する扱いではない。そんなことを平気でやれる人間とは結婚はできない、と。ルイスは男爵家の人間であり伯爵家の人間であるジェニファーよりも家格は劣るが、ジェニファーにはルイスの言うことを無視できない理由があった。ルイスは物語に出てくる王子様のように見目麗しい青年だ。パーティでルイスを見かけたジェニファーがひと目惚れし、父親の力を使ってやっと婚約できたのだ。だからこんなこと(・・・・・)で婚約を解消されては堪らない、ジェニファーはルイスの言う通りにする他なかった。とはいえプライドの高いジェニファーは自分の考えが間違っているとは思っていなかったし、自分の婚約者が奴隷を気にするなんてことは許容できるはずもなかった。その為仕方なく食事は他の使用人と同じ物を与えた。たが、絶食状態に近かった少年の胃が受け付けるはずもなく、ほとんどを吐き出してしまった。報告を受けたジェニファーは少年が吐き出すことを許さず、無理矢理詰め込むように命じた。着る服もあまり上等ではないが汚れの少ない、肌があまり見えないような物にした。そうして服で見えない部分を自らムチで打つなどして憂さを晴らすことにした。ゲヘにも暴力を振るう際は服で見えない場所にするように厳命した。  ルイスは少年の待遇が改善されたと喜んだが、少年にしてみればゲヘによる暴力がなくなるわけでもなく、やられていることは以前よりもひどく、拷問に近いものだった。だが少年は微笑んでいた。なにをされてもなにを言われても微笑んでいた。これは自分を気にかけてくれたルイスが関係しているわけではなく、青年が姿を消して数日、少年はやっと青年の旅立ちを喜ぶことができたからに他ならない。もしもあのまま青年がいて、目が覚めたとき自分のこの姿を見てどう思うのか──。哀れみの目や蔑みの目、青年にだけはそんな目で見られたくはなかった。だからあのタイミングで青年がいなくなってよかったのだ。名前も知らない青年が在るべき場所へと戻り、幸せに笑っている姿を想像すれば笑顔になれた。少年のそれは現実からの逃避、自分の痛みもなにもかもを誤魔化し、『つらさ』を『幸せ』へと変換させたのだ。
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