運命の女神のちょっとした好奇心

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運命の女神のちょっとした好奇心

 運命の女神は一柱ではなく三柱いるという。過去と誕生を司る女神クロートー、現在と生涯を司る女神ラケシス、未来と死を司る女神アトロポス。  女神クロートーは糸巻き棒を回して糸を取ると女神ラケシスに渡す。その糸は彼女の両手を通して、女神アトロポスへ渡される。女神アトロポスはその糸を空の糸巻き棒に巻いていく。糸が切れればその人の人生が終わるのだ。  三柱の女神は運命の内容を糸に乗せ、人が幸せになるためにどのような選択をしていくのか、一心不乱に生き様を見ている。  人の一生はその人のものであり、その生き様の中で何を悟るのかはその人のみ知るところである。運命の女神は、人の人生に干渉したりしないし、感傷に浸ることもない。  はずなのだが……    女神クロートーは、糸巻き棒の最後の一巻きを躊躇いながら外し、糸の端を親指と人差し指に挟んで離さなかった。糸の流れが止まったので、女神ラケシスと女神アトロポスは、女神クロートーの手元を見た。 「クロートー姉様、こちらの女性の人生は終わられるのでしょう? お離しになられてくださいませ」  女神ラケシスは、糸を軽くちょいちょいと引っ張って促した。 「この女性の人生をもう少し見たい気持ちになっているのよ」 「「まあ?」」  女神ラケシスと女神アトロポスは、女神クロートーの頓狂な言動に少し呆れたように驚いて見せた。 「クロートー姉様、なぜそんなお気持ちになられているの?」  女神アトロポスは小首を傾げて聞いた。 「国が亡びるときの国家元首は選択を誤ることが多いわよね」 「そうですわね。国の存亡がかかっているときの参謀達は、苦し紛れに迷い事ばかりを進言しますもの」  女神アトロポスはそう言いながら、亡国の国家元首が眉間に縦皺を深く刻み込ませ、顔に苦悩を滲ませながらカウントダウンの中を生き、人生終焉の局面に立った時、無念の心中と死をもって苦しみから解放されるという安堵にも似た刹那を見せて亡くなっていく姿を思い出した。 「この王女の御父君である国王もそうでしたわね。しかも臣下が国家に見切りをつけて、我先に逃げて行きましたわ。人間ってその程度の生き物なのよ」  女神ラケシスは、二柱の女神に言った。 「この女性は王女として、国家を見捨てなかったわ」  女神クロートーがそのように言うと、二柱の女神は、王女が自ら髪を切り、剣を持って敵兵と戦っている姿を思い出した。 「ええ、そうですわね。だからこそ凄惨な運命を回収して、魂を天国に行かせてあげたいわ。安らぎを与えたいのよ。クロートー姉様、アトロポスだってそうお思いになられるでしょう」  女神ラケシスは二柱に同意を求めた。女神アトロポスは頷いたが、女神クロートーは頭を横に振った。 「こちらの亡国の王女を、傾国の兆しがある王国の王女として転生させたいのよ。協力してもらうわ」 「なんですって! その子にまた同じような人生を歩ませるつもりなの!」  いやだわと女神ラケシスは断った。 「ラケシス、あなただってこの王女が最後になんて言ったか知っているでしょう?」 「『私の命が尽きようとも、この国が滅んでも、私はこの国土と民を守るわ。そして再びこの世に生まれ変わったら、貴男を殺す。この国を裏切り民の安寧を乱し、私の家族を殺した貴男が許せない』だったわね」 「お姉様方、戦に負けたら王族は一族郎党、例え赤ちゃんであっても皆殺されるわ。戦勝国が敗戦国を治めるためには、未来の不穏な変化への起爆剤となるような人がいたらうまくいかないでしょう」  女神アトロポスが悲しげに言った。 「この王女の王配であった人は、今も何食わぬ顔で生きているわ。それって許せないことよね」  女神クロートーの言葉に、女神ラケシスと女神アトロポスは、冷静な気持ちの占有率が少し減り、王配への怒りが少しずつ湧き上がって来ていた。 「ラケシス、アトロポス、ここに生まれてすぐ亡くなられる王女の糸があるの」  女神クロートーは、左手に短い糸が付いた糸巻きを持っていた。 「クロートーお姉様、それに繋げる真っさらな糸を持って来ますわ」  女神アトロポスは、その場を離れて行った。 「私は、運命を書きますわ」  女神ラケシスは、羽ペンで空中に文章を書いた。 「それに私も加わっていいかしら? 前世の記憶を残したいのよ。もちろん取捨選択するわよ」
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