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「すみません 復讐1つお願いします」
「かしこまりました 誰に復讐いたしましょう?」
「別れた彼氏に復讐を」
「我が社は業務用復讐代行社 標的が1人の依頼は受け付けておりません この場合は一族郎党皆殺しになりますが構いませんか?」
「えっ それは」
「嫌ならどうかお帰りください」
ここは古びた雑居ビル
そこに構える薄暗い事務所だ
扉の曇りガラスには【業務用復讐代行社】の文字が刻まれている
そんな部屋の中で男が1人暇そうにしていた
久々の来客は門前払いで帰したばかり
我が社は1人を殺すみみしい復讐は受けやしない
関係者全員を殺してくれと願うほどの激しい炎に焼かれた復讐こそ、俺が引き受けるべき依頼である
なんてカッコつけたはいいものの、そんな依頼は頻繁に来ない
もっと復讐に狂って理性を失えよ!1人を殺して満足するな!
そんな怒りすら湧いてくる
今日はもう店じまいして不貞寝しようかと思ったその時
カランカラン
「あのぅ 復讐していただけると聞いたのですが」
1人の女性が訪れた
「いらっしゃいませ」
慌てて立ち上がりカッコつけながら出迎える
女性はオドオド不安げだ
とりあえずソファに座らせて詳細を伺う
「初めまして 業務用復讐代行社社長 矢車柳と申します」
「周防柚餅子です」
「それでは誰に復讐をしたいのですか?」
「死んだ彼氏の上司達です」
「その場合ですと彼氏さんが働いていた会社ごと潰すことになりますがよろしいですか?」
「えぇもちろん むしろそうして欲しいのでやってきました」
「たとえその過程で無実の人が巻き込まれても関係ありませんね?」
「知ったこっちゃありません 誰が死のうとどうでもいいです」
キタキタキタァ!
内心ニヤニヤと笑みが止まらないがあくまで冷静に話を進める
「ではなぜ上司達を殺したいのか、その理由をお聞かせください」
「……実は彼氏が自殺しまして どう考えても働いていたホテルが原因なのですが、証拠不十分でどうすることもできず泣き寝入りするしか」
「なるほど 彼氏さんはホテルで働いていらしたんですね そしてそのホテルに問題があると」
「はい ここから車で1時間程行った兎海村にあるホテルで、半年限定の派遣として働いていました しかし若いからというだけで様々な業務を押し付けられ、平日日勤帯で契約のはずがいつの間にか残業も夜勤も当たり前 休日出勤すら増えてきました」
「それでは話がだいぶ違いますね」
「いつも会うたびに愚痴をこぼしていましたし、辞めようとしても辞めさせてくれない それどころか彼女と結婚してこの村に移住しろと再三圧をかけられて本当に嫌だと」
どうにかそこまで話し終えると周防は思わず泣き出した
聞いた限りではよくある田舎のトラブルだが、彼氏の自殺が相当こたえているのだろう
それになにより
「わかりました ならばその村も滅ぼしましょう」
「え?」
「どうせそこに住む村民が経営しているホテルでしょう だから独自のルールがまかり通ってこんな悲劇が起こるのです ならばホテルを潰しても解決はしません むしろ第二の被害者を作らないようにするには村ごと滅ぼすのが一番です」
「はぁ 確かに しかしそんな事が出来るのですか?」
「もちろんです 業務用と謳っているのは嘘じゃありません 大人数になればなるほど得意分野の専門家 それが私です」
「でも一体どうやって」
「陰陽師、という職業を知っていますか? 未来を予知して助言を行ったり、式神を使役するなんて言われるアレです」
「映画やゲームでよく見ますよね」
「そんな陰陽師には様々な派閥があり、なかには呪いに長けた陰陽師も存在しました」
「呪い?」
「政敵や家督争いで邪魔な親族を呪い殺したり、時には敵側の陰陽師を殺したりするんですよ」
「そんな馬鹿な」
「信じられないでしょうが現実の話です そして数多く存在した呪い専門陰陽師の中でも頭一つ飛びぬけた天才がいました その名は矢車満長 やがて矢車流の開祖となる偉大な方です」
「矢車…… まさか」
「矢車流が誇る呪いの技術は継承と洗練を脈々と繰り返し、時代の裏で暗躍していきます そして現代における矢車流の当主 それが私、矢車柳でございます」
突飛な話を信じきれない周防さん
だが聞くべき事は全て聞き、依頼は受けたのでお守りを握らせて帰らせる
ダラダラと身の上話を聞かされたところで興味は無い
さてさてここからが腕の見せ所
ウキウキした顔でどこかに電話をかけはじめた
「あ、もしもし お世話になってます柳です 借りてる事務所の契約について確認したいんですが担当者さんいますか? あぁはい、書類はコッチに残ってます あ、来てくれますか はい、はい お願いします」
小一時間後 事務所に男がやってきた
キッチリとしたスーツに高級腕時計 銀縁眼鏡も相まってカッチリとした真面目な印象
「お久しぶりですね柳さん この事務所の契約ということでしたが?」
「もちろんそんなの冗談ですよ」
「だと思いました わざわざ嘘の電話で呼びつけた目的はなんですか?」
「実は先程依頼を受けまして その場所が兎海村なんです」
「ほぅ兎海村! それなりにアクセスも良く当社も狙ってる土地ですが、何故だか不思議とガードが硬くて」
「それなら丁度良いかもしれませんね 村民全員呪い殺す予定です」
「……なるほど わかりました 社長にお伝えしておきましょう」
「よろしくお伝えくださいな 入金お待ちしております」
怪しい会議は手早く密やかに終了した
来客者の正体は不動産会社の社長秘書
昔々に依頼を受けた縁で今でも付き合いがあり、この事務所もそのコネで買った物
たまに大規模に呪い殺して土地が空くとコッソリ売買の密約を交わすのだ
これにて全ての準備は整った
ただ人を呪い殺すだけじゃ勿体無い
ちゃんとその後に金を得なければ殺し損だ
しかし今回は大幅な黒字が見込めるためやる気がモリモリ湧いてくる
善は急げ 今夜にも兎海村を滅ぼそう!
というわけでやってきました兎海村
モリモリ湧いて上がったテンションそのままに愛車のハイエースをカッ飛ばした
今回使うのは大規模な秘儀“悪喰”
村ごと呪うため下準備が大変だ
まずは各所に要石を埋める
地図を元に割り出した場所へ向かうがまぁ暗い
明かりも無ければ舗装もされていない山道を走るため事故の二文字が頭から離れずハンドルを握りしめる
田舎だから誰にも見つからず楽勝だな!なんて考えていたが、この暗闇の中で作業するのは大変だ
埋める石も決まっているし、位置も深さも間違ってはいけず至難の業
それでもそこはプロの意地を見せつけてやんよ!なんて息巻いて目標地点に来てみれば
「……あれ?祠がある」
小さいながらも古ぼけてはおらず、手入れが行き届いている祠があった
中身を覗けば石がある
これはまさか陰陽術か?
矢車流とは全く違う流派だが、村を守るために設置された物で間違いない
詳しく調べればどのような術かわかるだろうが暗いし面倒だ
「まぁいっか!!」
しばらく悩んだが破壊を敢行
これから滅ぼす村のことなんかどうでもいいや
中身の石は遠くに放り投げ祠は乱暴に叩き壊す
ラッキーな事に土台も埋まっておらず、すぐに地面を掘り返せた
懐中電灯を咥えながらどうにか石を埋めていく
まずはこれにて1つめ完了
他に3ヶ所繰り返し、計4ヵ所東西南北に埋め込んでいくがどの場所にも邪魔な祠がある
全て壊して撤去したが、そのせいで時間がかかってしまった
とにもかくにもコレで村の周囲にグルリと壁ができ、誰も逃げれず入れない
そしてここからがいよいよ呪殺の始まり
ハイエースの扉をガバリと開くとパンパンに紙束が積まれている
小さく人型なその紙達 式神だ
依頼が無くて暇な時、1つ1つ丁寧に作っていた大事な子達を一挙に放出する
その数およそ100万体
流石にこの数は細かく操れないため命令はシンプルに生気を吸え それだけだ
しかしそんな雑な命令では上手に動かない
そこで結界の出番である
まず式神は結界を突破できず逃げられない
なので結界内を飛び回るしかなく、誰彼構わずとりあえず片っ端から生気を吸いまくる
そうして吸い込んだ生気は全て結界に送られるため、時間が経てば経つほどより強固な結界となる
式神はいくら生気を吸っても全く貯まらないので無尽蔵に吸い続けてしまい、結果として結界内に居る人間は死ぬまで生気を吸われ続ける
こんな仕組みだ
たとえるならミニ四駆
走ることしかできない式神は、結界というコースをグルグルといつまでも走り回る
単純ゆえに失敗の少ない実践的な秘儀なのだ
といっても呪殺にしてはだいぶ直接的で即効性のある異端中の異端
そもそも他の流派ではそんな大量に人を殺す必要も無く、だからこそ矢車流にしか伝わっていない秘儀である
「というわけでいってらっしゃい愛しの式神達!!」
印を結んで念を込めればハイエースから100万体が飛び出していった
その様はまるで吹雪の様
視界が真っ白に染まるほどの式神は次々と人を襲っていく
といってもこんな深夜に起きている人はそうそういない
ましてここは少子高齢化が進む田舎 じいちゃんばあちゃんはグッスリだ
そのおかげか悲鳴も聞こえず静かで心地よい
それでも着々と吸い殺しているようで、生気の供給を受けた結界がドクドクと脈打つように光り輝いている
どうやら秘儀は大成功だ
しかし予想外の事態が起きた
なぜかホテルに式神が入れない
肝心要の一番大事に殺さなければいけない場所が何故?
慌てて現場へ急行した
「あれ? このホテル結界張ってあるじゃん」
着くなり原因はすぐにわかった
憎たらしいことに結界を張ってやがったのだ
「だけどこのくらいなら造作もないな」
懐から小ぶりな棒を出すと結界に突き刺した
さらに式神を数体呼び寄せ、貯めた生気を棒に送る
すると途端に棒が耐えられず大爆発
もちろん全てが崩れたわけではないが、式神が入り込むには十分すぎる隙間が開いた
「よっしゃ! 行って来いお前達!!」
そこからバンバン送り込む
しかし一体どういうことだ?ただのホテルに結界が張ってあるわけがない
気になったのでもう少し結界を壊し、柳自身も侵入した
「お邪魔しまーす」
「アンタ偉いことしてくれたな!」
入るなりフロントのオジサンに恫喝された
その顔には怒りよりも恐怖が浮かんでいる
「全くもって心外ですよ傷つきました アナタがそうしてホテルのフロントをしているように、私も仕事で人を殺しているのです」
「この村がどれほどの秘密を抱えているか何も知らない癖に 特にここは部外者が迂闊に手を出していい場所じゃねぇんだ」
「それでは何があると言うのですか いっちょ前に結界なんぞ張りやがってからに」
「話せば長い まずこのホテルの地下にはな――」
言い終わる前にオジサンは死んだ
背後から伸びてきた長い腕に顔を握り潰されたのだ
「おいおいおいおいおい なんだコイツ!?」
赤くドス黒い皮膚 白いザンバラ髪
ガッシリとした体格で異様に手が長い
黄色い瞳が爛爛と輝き、額には1本の角が生えていた
形容するならば鬼としか言えない異形の何か
そんな化物と明らかに目が合っている
ジッとお互いしばらく睨み合う
緊迫した空気が流れるが、ふいに鬼が興味なさげにそっぽを向いた
そのまま客室の方へ歩き去る
先程殺したオジサンの死体をムシャムシャと食べながら
しばらくその背中を呆然と見送る
「よし このまま逃げようか」
どうやら面倒事に首を突っ込んだらしい
こちらに興味が向いていない今こそチャンス
回れ右して帰ろうとした瞬間ふと思い出した
「……不動産会社にこの土地売っちゃってるわ」
あんなのを放置したまま渡してしまえば社長秘書に俺が殺される
気づきませんでした!なんて嘘をついてもいいが、支払いは減るし信用は地に落ちる
今後とも末永く金蔓としてしがむためには邪魔者の排除が絶対だ
ここはいっちょやるしかない
そもそもアイツは一体なんなんだ
詳細を知りたいが村民全員殺してしまった
非常に面倒だが自力で正解に辿り着くしかない
「あのオジサンが何か言いかけてたよな 地下になんかあるのか?」
握り潰される直前の遺言で地下がどうとか漏らしていた
懐から式神を1枚取り出すと、警察犬のように鬼の匂いを辿らせる
自信に満ちた足取りで飛んでいく可愛い式神に案内されて
フロント裏の事務室、そこから従業員用の廊下、そしてその突き当りに行きついた
こんなホテルに似つかわしくない、重厚で立派な金属の扉
それがくぼんでひしゃげて壊れて落ちている 内側から強い力で殴られたようだ
外れた扉の向こう側には下へと続く階段が広がっている
暗く澱んでジメジメとした雰囲気はとてもじゃないが近寄りがたい
正直行きたくは無いが覚悟を決めて一歩を踏み出した
階段はかなり長く地下へ地下へと伸びている
下るほどに圧が強まり禍々しさが増していく
そしてついに最下層へ辿り着いた
扉の残骸や紙屑が無惨に散らばっている
きっとおびただしい数の御札や注連縄で封じられていたのだろう
おそるおそる奥を覗けば、暗く狭い部屋の中央に堂々と石棺が鎮座している
滅多に壊れることが無いはずの石棺もヒビが入ってボロボロだ
おそらくあの鬼はここに封じられていて、何かの拍子に復活し石棺も扉も壊して躍り出た
そんな所が真相だろうか
詳しく見ていくと部屋全体に術式がかけられている
「あれ?これって俺の術と似てないか?」
それこそ絶賛開催中の秘儀のよう
どこかから生気を吸い、それを使って結界を作ったり封印をしている
そしてかなりちぐはぐだ
大元となった一番古い術式は江戸時代頃、ともすればそれ以前だろう
だがところどころに新しい術式も組み込まれており気持ち悪さが拭えない
「ふむふむ 術式の作りから推測するに、この鬼を封じるためにホテルを建てたな?」
おそらく元々は村民から少しずつ生気を吸い取ることで、この術式を維持していたのだろう
しかし段々と村民が減少して吸い取る生気が足りなくなってきた
そこでこの封印部屋の上にホテルを建て、訪れた宿泊客や従業員からも生気を吸い取れるように術式を変えた
そのせいでちぐはぐになったのだ
「そうすると今回の依頼は不幸な事故か?」
あんな化物を封じ込めるために村民達は必死になってしまうだろう
そこへ若い男が働きにきてくれたなら、できるだけ長い時間働いてもらい少しでも生気を吸い取ろうと画策した
しかも彼女持ちとくれば移住してもらうっきゃない
そんな思いで熱烈アピールをしまくった結果、全部が裏目にでてしまい自殺という最悪の事態に
化物がいるなんて秘密は絶対に言えず、白を切るしかないのでその結果……
「これはアレだな やっちまったな」
本当は話し合いで解決できたかもしれないが、俺が余計にかき回した
村民全員殺したうえに、式神で生気も吸いつくし祠もぶっ壊したせいで鬼の封印も解けてしまったと
信じたくないがまさかまさかか?
月を見ながら煙草を吹かす
なんとなくの真相を察してしまい、逃げるように外まで駆けだしてきた
責任感や罪悪感を忘れるように、煙を全身に沁み渡らせる
さてどうしようか
おそらく鬼は近くにいる
村民全員の生気で作った結界はそうそう壊せない
だからこそ放置して帰れば勝手に死ぬんじゃ
いやいやそんな害虫駆除みたいな簡単な話ではないよなぁ
とりあえず式神を呼び戻して撤収作業だけ始めるか
煙草を投げ捨てながら立ち上がるとゾクリと背中が寒気だつ
思わず振り返るとそこには件の鬼が居た
漂う悪臭、口や爪から滴る血、腹一杯食べたおかげか満足気だ
しかし敵意は感じられず、コチラを襲う素振りは無い
「う~んと、俺の言葉はわかります?」
「わかるぞ」
「喋ったぁ!?」
おそるおそる話しかけてみれば意外と艶のある良い声で返された
まさか返答が貰えるなんて思いもよらず動揺してしまう
「えーっと、じゃあなんて呼べばいいですかね」
「なんとでも好きに呼べばいい お前こそ何者だ」
「業務用復讐代行社の矢車です」
「復讐代行社?」
「えぇ 依頼を受けて復讐をするしがない人間ですよ」
「すると全てはお前のおかげか」
「悲しい事にどうやらそのようで」
「ほほぅ、よくやった しかしこんな化物と怯えずに話すなんて変な奴だ」
言われてみればそうかもしれない
人を喰う鬼と普通に淡々と話しているなんてとんだ異常事態だ
「して矢車、お前は陰陽師か?」
「そうですよ この式神も結界も俺のお手製です」
「なるほどな」
「どうせ陰陽師なんてお嫌いでしょう アンタこそなんで俺を襲わないんで?」
「約500年間封印されていたせいで力なんぞ残っちゃいない 誰かさんのせいで死体を喰っても意味が無いしな」
コイツ皮肉も言えるのか
生気を全て吸い取った死体など出涸らしだ
そんなのをいくら喰ったところで腹は満たされど力は戻らない
いやだからこそ殺すなら今か?
しかし扉を壊したり人を握り潰す力はあるわけで、嘘の可能性も捨てきれない
様々な考えがグルグルと巡り混乱する
「決めた 矢車よ、お前に仕事を依頼しよう」
「……は?」
「お前は依頼を受けて復讐をするのだろう ならば儂が依頼主になっても問題あるまい」
「それはそうですがちょっと待ってくださいね」
脳味噌がフリーズしてしまった
あまりの情報量に処理が追いつかない
なので自分自身に思いっきりビンタをした
夜空に心地よい打撃音が響く
余計な事を忘れられるし、逆に丁度いいかもしれないな
一度頭をリセットして営業モードに切り替えた
「さて誰に復讐いたしますか?」
「儂が言うのもなんだがお前凄いな」
「業務用なので1人きりの復讐は受け付けませんがよろしいですか?」
「話をグイグイ進めるな 儂が復讐したいのは憎たらしい陰陽師共だ」
「なるほど もしかしてアンタを封印した?」
「その通り 500年前の話で本人は既に死んでいるが、その流派の弟子がいるだろう」
「そうするとその流派を根こそぎ殺すことになりますが」
「もちろんそのつもりだ この村をここまで鮮やかに滅ぼした実績を見込んでお前に頼んでいる」
「しかしこちらもタダではちょっと」
「安心せい、金なら大量にある」
「封印されていた奴が何を言って」
鬼はニヤニヤとホテルを指差す
続いて無言で周囲の民家も
「……そうか、ホテルやそこらの民家から盗み放題か」
「いかにも 儂の膂力なら全ての金庫を破壊できるぞ」
鬼が金を盗みまくっている間に流派の特定にかかる
復讐するべき陰陽師は誰か 間違って別人を殺しては面倒だ
ホテルに残る資料を漁ってヒントを探す
たとえば逸話をまとめた伝記がないか、御守りや式神が見つかれば御の字だ
ガサゴソとひっくり返していれば鬼も戻ってきた
「ほれ 大体集めてきたぞ 現世では紙が金となるとはな」
「あとで数えますので置いといてください ねぇ何か覚えてません?封印される時に特徴的な術を使われたとか何かヒントが」
「残念ながらよく覚えていないのだ 陰陽師の術には明るくないのでな だがたまに封印が締め直される感覚はあったぞ」
「締め直される感覚?」
「あぁ 少し緩んだので逃げ出してやろうと思った時にもう一度封印されたのだ」
「そういえば下の部屋に新しい術式も組み込まれていましたね このホテルを守っていた結界も、万が一の際に発動するセーフティだとするならば」
目をつむりジックリと考える 灰色の脳細胞を総動員だ
まずこんな危ない鬼が現代に至るまでちゃんと封印されていた
すなわちいまでも陰陽師達が監視している証拠だ
それならば緊急事態が起きた時にその陰陽師達へ連絡するはず
そんな緊急事態は正に今
ならば答えはもしかして
固定電話の電話帳をカチャカチャといじり通話履歴を閲覧する
一番上の最新通話履歴
そこには堂々と【陰陽師本家】と書かれていた
「よっしゃ見つけたぜ!! やっぱり俺って天才だよな」
叫びながら全力ではしゃぎ回る
こんな小さな違和感からよく答えに辿り着けた
自画自賛が止まらない
「矢車 よくやったと褒めてやりたいが邪魔者が来たぞ」
「……確かにいま結界に反応があった アンタが望む来客のようだぜ」
兎海村のホテルから緊急事態の連絡を受け、すぐに5人の陰陽師が派遣された
どれも選りすぐりの実力者
しかしその全員が唖然としていた
「なんだこの結界は 我々の流派とはまるで違う」
「禍々しい力に満ちている それに異常な強度だぞ」
「我々が張っていた術式はどうなった!?」
壊そうと躍起になるが決定打は与えられない
援軍を呼ぼうかと迷ったその時
「……消えた?」
唐突に結界が解除された
間違いなく罠 何者かに誘われている
それでも突入するしか道はない
鬼が眠るはずのホテルへ駆け出した
立ち込める血の臭い 人の気配を何も感じない
明らかな惨劇に胸を痛めながら陰陽師達はひた走る
やがてホテルに辿り着いた
「待ちわびたぞ陰陽師共 既に生者はどこにもおらず、聖者が来るには遅すぎたな」
月明かりに照らされて堂々と笑う鬼が居た
手には誰かの頭蓋骨が握られている
「総員展開! 桔梗の陣で封殺せよ!」
目の前の脅威に怯えることなく、陰陽術達は陣形を組む
祝詞を読み上げながら力を練り上げていく
もちろん最初から全力だ
4人の力を1人に集め、黄色い光弾が放たれた
不敵に笑う鬼へ真っすぐに飛んでいき破裂する
はずだった
「――馬鹿な」
放たれた光弾はそのまま陰陽師へ跳ね返る
驚いて固まったその刹那
鬼の剛腕が襲い来る
陰陽師達は予想外の事態に頭が働かず体勢も悪い
あっという間に首を刈り取られ力無く崩れ去った
「あっ!全員殺すなって言っただろ!聞くべき事があったのに」
「うるさいわ もっと手こずると思ったがあっけなかったな」
「まさか鬼に仲間がいるなんて思わなかったのさ 結界が張ってあった時点で注意すべきだったのに」
「まぁいい で、これは喰っていいんだな?」
「あぁ存分に喰うといい それなりに強い陰陽師だ きっと旨いぞ」
なんて言い終わる前に鬼はムシャムシャと貪りついていた
それを横目に他の死体の服を漁る
身に着けている服に携えている武器
そして先程使った特徴的な技から流派はすぐに判明した
電話番号と照らし合わせても間違いない
「喰い終わったら行くぞ鬼 500年分の復讐を果たす時だ」
今夜で滅んだ悲しい村をハイエースが快調に走る
助手席には血なまぐさい鬼
かなりギリギリで窮屈そうだがどうにか乗れた
本当は後部座席に押し込みたいが、パンパンに式神が詰まっているのでどうしようもない
あーあ 流石にこれは嘘だろう
村を滅ぼし そのせいで鬼が目覚め そいつと結託して陰陽師に喧嘩売ってドライブデート
冷静に事実を受け止めようとしても脳が理解を拒んでしまう
「面白い 現代ではこんな物で移動するのだな」
「人類の英知は進化しまくりなんですよ というかなんだか緊張してます?」
「儂を村の外へ出さないための罠がまだありそうで正直怖いのだ」
「安心してください 周囲の祠は全部壊しました それに先程陰陽師達の攻撃を跳ね返したでしょう 同じ術式をこの車に仕込んでいますよ」
「そもそも先程の闘いもな、絶対に跳ね返すから安心しろと言われて従ったが怖かったぞ」
「成功したからいいじゃないですか アンタが陰陽師達を殺してくれないと、次に狙われるのは俺でしたし」
確証は無いし怯えている鬼が面白いので言わないが、エネルギー源である村民を全員殺したのでおそらく術式は発動しない
こんな鬼にも案外人間臭い部分があるのだな
なんだかちょっと微笑ましい
「さぁさぁいよいよ村の外へ出ますよ 覚悟はいいですか?」
「おう 一息に行ってしまえ!!」
アクセルをベタ踏みし猛スピードで駆け抜けた
弾丸のように進むハイエースを止める物は何も無い
あっけなく村外へ躍り出た
「ほら言ったでしょう 俺は優秀な陰陽師ですよ」
「うむ、うむ!! よくやったぞ矢車!!」
子供のように助手席ではしゃぐ鬼
これでコイツは本当に自由だ
ともすればいきなり襲われるかもしれない
「して矢車、どこに向かっているのだ?」
「産土流陰陽道総本山 由緒正しき正当な陰陽師の巣窟ですよ」
「そいつらが儂を封じたのか」
「アンタが全員殺したせいで確証はありませんがおそらくそうです 奴等ならまぁできるでしょう」
「勘違いするでない、儂は卑怯にも不意打ちで封印されたのだ 真正面からの闘いなら造作もない」
「それなら安心できますね さっきの5人を喰ったおかげでどこまで戻りました? ちゃんと闘えます?」
「最高とは言えないがお前を殺すくらいは楽勝だ」
「じゃあ殺します?」
「依頼した仕事が終わったらな お前こそ儂を殺さないのか」
「いまはお客様ですから殺しませんよ」
「本当に変な人間だ 儂がどうして封印されたのか、どんな悪行を積み重ねたのか聞かないのか」
「余計な情報はいりません 封印されていた人喰い鬼と一緒に陰陽師達を殺しに行くんですよ? もう頭はいっぱいいっぱい大混乱 これ以上は考えたくもありません」
「ガッハッハッハッハ それもそうか」
和やかな談笑を交えつつ順調に進む
信じられないが矢車は楽しみ始めていた
これ以上ない頼もしさすら感じている
コイツとならなんでもできるような、不思議な高揚感に包まれていた
しかしそんなひと時は唐突に終わる
「矢車ァ!!」
「わかってる!!」
カーブを曲がると大量の車で道を塞がれていた
その前に陰陽師がズラリと並んで待ち受けている
急ブレーキを踏んでつんのめるようにどうにか止まった
陰陽師達が放つ術式でバチバチと車体に衝撃がる
「鬼!!まだ外に出るなよ!! 集中砲火の雨あられだ」
「全部しっかり跳ね返してるんだろうな このままじゃジリ貧で押し込まれるぞ」
「いいから黙って見とけ 陰陽師による陰陽師の殺し方を見せてやる」
後ろに詰め込んだ式神達に命令を飛ばしハイエースの左右に展開
すると出来上がるのは大きな翼
1つ1つに精神を集中させて動かすことでハイエースは大空へ飛びたった
「なにしとんじゃ矢車!? このまま逃げるのか!?」
「これホントに神経使うから黙ってて!!」
飛んだハイエースで敵陣へ突っ込む
陰陽師達の攻撃は全て弾き返し効きやしない
「おそらく急ごしらえで作ったバリケード ちゃんとした術式なんぞ組んでないだろ!?」
「もしも組んでいたらどうなるんだ」
「正面衝突大事故終了」
慌てふためく陰陽師達
しかし背後は自分達が作った車のバリケード
逃げ場なんてありはしない
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ハイエースを横にして陰陽師達にタイヤを向けた
翼によって姿勢を制御しバリケードを平行に真横へ走る
そのまま何人も轢き殺した
「鬼!!行けるか!!」
「任せとけ!!」
ヒットアンドアウェーで一度大空に離脱
散々に瓦解した敵の戦線へトドメを刺すために助手席から鬼が飛び降りた
まずは車
乗り込んで逃げようとする陰陽師を止めるため、車をぶん殴って横転させる
そのまま後輪を掴んで振り回し他の車に叩きつけた
そして蹂躙
恐怖で腰を抜かした奴も、脚を轢かれて動けなくなった奴も、みなすべからく暴力の餌食
嵐のように暴れ回る
まだ立ち向かってくる陰陽師の顔面を全力で殴りつけて破裂させ
逃げようとする背中を掴んでは齧りつく
鬼は心の底から笑っていた
「ちっ もう生き残りはいねぇのか」
「鬼!援軍が来たっぽい!まだ遠いけど車の光が見える!」
空に浮かぶハイエースから声が飛ぶ
遠くまで見渡せる物見台だ
「数はなんぼだ矢車」
「1台の光しか見えない だけどこのタイミングで送られてくる援軍なんて」
「後詰めの強者しか考えられぬな」
いまのうちにと鬼はムシャムシャ死体を貪る
その間に矢車も下に降りて簡単なトラップを準備した
「なぁ矢車 儂さ、陰陽師同士の闘いってもっと術式がぶつかり合うもんだと思ってた」
「そもそも現代の陰陽師はそんなバトルを想定していないのさ」
「平和になれば使う場面も無いだろうしな」
「その通り それでも少しは学んでいるとは思うものの、だからこそ結局物理的な攻撃が一番予想外で効いてしまうのさ」
「なるほどなぁ 陰陽師同士で殺し合うための技術なんてのは既に途絶えてしまったのか」
「もともとその技術が異端ではあるがな だが念のため考えるべきは万が一の場合 援軍がどれほどの強さかわからない以上、ここで待ち構えたほうが勝率は高いさ」
「いやらしい軍師だなホントに」
「お前こそホントに強いじゃないか 封印されていた鬱憤は果たせたか?」
「まだ足りぬが気分は晴れた 後は更なる強敵を喰らえれば満足だ」
「果たしてその願いは叶うかな 援軍様のおでましだぜ」
上から見えていた車が近づいてきた
特に慌てるわけでもなく、堂々と静かに車は止まる
「あーあー全く こんなに殺してくれちゃって」
ブツブツと文句を言いながら、細身の男が降りてきた
ジャージ姿にランニングシューズで陰陽師らしからぬ風貌だ
「矢車、コイツ殺していいか?」
「バカ鬼! 敵の前で本名を呼ぶな!」
「アッハッハッハ お前が悪名高い矢車か そんな鬼と組んでどうした?」
「お知り頂いて光栄です そういうアナタはどこの誰です?」
「産土流陰陽道 緊急時荒事担当班の東森と申します」
「お前らが儂を封印したのか」
「えぇその通り 人を喰う化物など正義の陰陽師として見過ごせませんからね」
「良かったな鬼 間違いじゃなかったぞ 無実の人を殺していたら心が痛んで仕方ないだろう」
「アホ抜かせ矢車 儂にもお前にも良心なんぞ微塵もないだろう」
「アンタと一緒にするんじゃないよ 俺は業務用復讐代行社を経営している善人だ」
「そんな善人が嬉々として村を滅ぼすか」
ギャーギャーと口喧嘩を始める2人
やれどっちの方が残虐だの、陰湿なのはお前だの、子供のように喚き散らす
まるで見えていないかのように無視された東森は、沸々と怒りで震えてきた
「お前らぁ!!化物と外道が仲良しこよしでふざけおってからに!!」
急激に口も悪くなる
怒髪天をついた東森は車から日本刀を取り出した
鞘を放り投げ一気に距離を詰める
駆け寄るまでの道中でいくつもの術を重ね刀や自身の肉体を強化
振りかぶって上段から一息に鬼の首へ斬りかかった
「死に晒せやぁ!!」
東森が繰り出した渾身の一撃
しかも鬼は守ろうともせず不動の棒立ちで受け止めた
殺った!勝った!首と胴が永遠におさらばだ!
なんて喜びは訪れず
むしろ壊れたのは自身の愛刀だった
困惑する東森
自慢の術式で強化した自慢の愛刀
いままで何回も斬り伏せてきた必殺の攻撃
それが簡単に負けたのだ
しかし悲しんでいる時間は無い
いまは戦闘中で目の前には敵
すかさず距離を取り体勢を立て直す
壊れて邪魔になった愛刀をダメもとで鬼にぶん投げる
するとそれは面倒くさそうに手で弾いた
「……ん?この攻撃は防ぐんだな」
「たまたまじゃ」
全力の一撃は不動だったのにやけくその攻撃は防いだ
なにか嫌な予感がする
まさかと思い放り投げた鞘を拾えば
「てめぇらやりやがったな」
いつの間にかペタリと式神が貼り付いていた
鞘を通して刀に呪いをかけていたのだ
「我が矢車流が誇る反転化の呪術ですよ 強化しようと術式をかけるとその逆に働くよう仕向けます」
「だから刀が弱ったのか まさか口喧嘩は呪いが染み込むまでの時間稼ぎ!? だが鬼は!?」
「儂が素直に従っているのが驚きか? 矢車の計画は面白いからな お前の吠え面を見れただけで従った甲斐があったわ」
ガハハと大笑いする鬼と矢車
最悪の感性が相性抜群息ピッタリだ
「じゃあ殺すか もういいよな矢車」
「あぁ殺そうぜこんな奴 自慢の刀も鉄屑になって可哀想に」
淡々と距離を詰めていく
だがそこは東森もプロの意地
高速で術を練り緊縛術で足止めを図る
とりあえずの急ごしらえだが数瞬効くだろう
その隙に車から予備の日本刀を取り出した
素早く鞘に眼を通し式神が貼り付いていない事を確認
先程と同じ攻撃になるが、この土壇場で一番信頼できるのはこの技だ
徹底的に術を重ね限界まで強化する
「お前らまとめて斬り殺してやるよ」
「ふふっ アレは儂が殺ろう 手出しするなよ矢車」
緊張しながら間合いを図る東森に対し
鬼は堂々とガサツに歩み寄る
一歩 また一歩
徐々に縮まる2人の距離
刀は懐に入られてしまうと効力半減
適切な距離で斬らねばならぬ
静かな夜に緊迫感が張り詰める
一歩 また一歩
「――ッッ!」
ここだ ここしかない
東森は抜群のタイミングで抜刀した
何よりも速さを重視した居合だ
鬼の心臓を斜めに斬りつけるように鞘走る
だがそんな必殺の剣は
「見事 だが足りぬ」
大きな両手で上下から挟むように止められた
躍起になって抜こうとする東森
しかし鬼の力は凄まじく、どう頑張っても動かせない
そうしてがら空きになった東森の腹に鬼の蹴りが鋭く伸びた
「鬼!勝利おめでとう!それはそれとして飛び乗れ!」
「馬鹿 勝利の余韻とかいろいろあるだろう」
障害物を押しのけてどうにか道幅を確保
ハイエースで押し通る
「それにしてもお前あの斬撃をよく受け止めたな 一歩間違えば真っ二つだぞ」
「剣筋が素直で読みやすかった どうすることも出来ない経験の差だ 奴みたいな陰陽師が束で相手なら危なかったな」
「その時は俺が手伝ってなんとかしたさ」
「ふふっ 頼もしいな」
「とにもかくにも流石に急ぐぞ おそらくいまの東森も時間稼ぎだ」
「何をそんなに焦っておる」
「陰陽師なんて準備したもん勝ちだ 俺達がいまから喧嘩を売るのはどこだ?」
「陰陽師共の総本山」
「その通り ただでさえ強固な守りをさらに固めて準備万端で待ち受けているさ」
「面白いじゃないか血が滾るな」
「それならお前1人で行けよ 普通だったら死んでも止める自殺行為だよ」
鬼はイマイチ理解していないが専門家が言うのなら本当だろう
というかそんな自殺行為に付き合ってくれる矢車はどうしてだ?
わからないが鬼は楽しかった
誰かと一緒に暴れる快感を存分に味わっている
封印される前でさえ、こんなに寄り添って隣に立ってくれる者はいなかった
そのまま爆走すること小一時間
ついに総本山近くまでやってきた
「ほら見ろ鬼 何重にもなった結界だ」
「おいおいおい 本当の入り口はもっと先だろ?」
総本山まであと1kmはあるが、一級品の強固な結果群が行く手を阻む
1つ1つ丁寧に解除する時間は無い
「矢車 お前ならこれを突破できるよな?」
「当たり前だ! 矢車流を舐めんじゃねぇぜ」
先程の翼と同じように、式神に指示を出し展開していく
しかし今度は左右ではなくハイエースの上へ筒状に展開
まるで戦車の砲塔が出来上がった
「兎海村で吸い取った村人の生気 あれな、いまもここにあんのよ」
「それで何を」
「俺が合図したら飛び降りて走れ いいな?」
「……おう」
「いくぞ 3 2 1 今だ!!」
それぞれの式神が少しずつ貯蔵し持ち運んでいた村人の生気
それを一気に開放する
砲塔から撃ち出された生気はビームのように結界へ刺さり華麗に粉砕
勢いは止まらず快音を響かせながら次々と結界を破壊していく
負けじとエンジンをふかしアクセルをベタ踏み
そうしないとビームの力に負けてハイエースが後ろに吹っ飛んでしまう
こうして開いた道を鬼は全力で駆け抜ける
目指す総本山はもう目の前 憎き陰陽師共の最期も近い
やがて大きな屋敷が見えてきた
その前にはギッシリと陰陽師が並んで待ち構えている
陣形を組んで力を練り上げ巨大な火球を作成中だ
「儂が知らないだけで陰陽師って全員無茶苦茶な馬鹿なのか??」
「標的確認 最後の追い込みだ火力上げろ!!」
さらに熱く燃え滾る火球
しかし鬼はスピードを緩めずむしろ加速した
「放てぇ!!」
号令と共に火球が放たれた
その大きさはもはや壁
道幅いっぱいに広がり周囲を焦がして飛んでいく
計30人の陰陽師が全力で作った必殺技だ
逃げようもなく当たれば即死
時間をかけた甲斐があった
「総員まだ気を抜くな! あの東森さんが撃破されたのだ 何をしてくるかわから――」
指示を出していた陰陽師の上に鬼が降ってきた
左右に逃げ場のない火球
だから上に跳んだのだ
棒高跳びのように助走をつけてギリギリ火球を跳んで躱した
勢いそのままにライダーキックの要領で陰陽師の群れに飛び込んだ
着地の衝撃で数人を吹っ飛ばす
土煙が立ち込めるなか手当たり次第に腕を振り回し片っ端からぶん殴る
陰陽師も反撃をしたいが、仲間同士の位置が近いせいで迂闊に術も出せず視界も悪くて下手に動けない
徹底的な蹂躙だ
しかしそれも全て罠だった
周囲の地面が光り結界が起動する
鬼は陰陽師ごと閉じ込められた
同時に緊縛術も起動
東森のような急ごしらえではなく、緻密に準備された一級品だ
流石の鬼も動けない
「矢車の言う通り罠だらけで面倒くさいな」
一緒に閉じ込められた陰陽師達が近寄ってくる
日本刀や式神など武器を携えてトドメを刺す気満々
このままでは500年前の二の舞だ
「鬼よ!もはや封印など甘い事は言わん!この場で死ねぇ!」
「確かに見事だ しかしお前達は間違っている 時間稼ぎのためにちょこちょこと陰陽師達を寄越してきたが、儂にすればそんなのは餌だ」
「我らの研鑽を愚弄するな化物が 暴れたい時に暴れ喰らうだけ喰らう そんな生き方は獣にも劣る」
「ならば焼きつけろ そんな愚物の絶対な強さを」
鬼は夜空へ咆哮した
バキバキと緊縛術が弾け飛ぶ音が周囲に響く
ただでさえ大きい鬼の体がさらにもう一回り膨らみ、バリバリと背中が割れてもう2本腕が生える
そして土の中に溶けるように消えた
「なんだあの姿は!?」
「どこ行った!?」
「結界は地中にも伸びている 外へは逃げていないはずだ」
「円陣を組んで構えよ 異変が起き次第すぐに叩く」
ジリジリと焦りながら身構る
何か異音は聞こえないか 隣の仲間はまだ生きているか
早く鬼が現れてほしい焦りと、このまま何も起きないでほしいもどかしさがせめぎ合う
だが予想外の攻撃が襲いくる
地面が波打ち陰陽師達は吹っ飛ばされた
「まさかこの鬼、地面を操れるのか!?」
「ご名答 もちろんそれ以外にもいろいろできるが死にゆくお前らには関係ないだろう」
ゆらりと煙のように鬼が地面から立ち上がる
枯葉のように無防備に落ちてくる陰陽師達を4本の腕で乱打乱打
ある者は拳に貫かれ
ある者は結界に叩きつけられ
反撃する間もなく殴られてしまいすべからく全員が肉塊となった
鮮血で結界が真っ赤に染まる
鬼はその中でただ1人、心の底から復讐の快感を噛み締めている
ニンマリと笑ったその顔は、どこか美しさすら漂わせていた
集まった精鋭30人
全員が華々しく軽々と散った
もちろん鬼は未だに無傷 むしろエンジンが温まり抜群のコンディションだ
囲っていた結界も解除され、いよいよ総本山の屋敷へ向かう
あとどれだけの陰陽師が残っている
満足できるだけの強者はどこだ
まだこの甘美な復讐は終わってほしくない
様々な想いを抱えながら一歩を踏み出したその瞬間
「――矢車ッ!」
まるで庇うように飛び出してきた矢車に雷撃が落ちる
盾のように広がった式神で防御はしているようだが、それでもかなりの衝撃だ
直撃すれば鬼でも危なかっただろう
「バカ鬼が気を抜くな ここは陰陽師の総本山 どこからでも敵は狙ってくるぞ」
「お前、儂を庇ったのか?」
「だからどうした なんだか見た目は変わっているが、頭の弱さはそのままだな」
オロオロと狼狽える鬼
攻撃を受けた事よりも庇われた事に驚いている
「しゃきっとせいバカ鬼 いまのはここの当主の攻撃だ」
「ほぅ ついに当主のおでましか」
「どうせこそこそ隠れて狙ってるんだろ お前ご自慢の門下生共はかなり減ったぜ」
「500年前から変わらぬ卑怯さだな だからこんなに腑抜けばかりか」
やんややんやと野次を飛ばせば暗がりから和服の女性があらわれた
「どうもお初にお目にかかります 産土流陰陽道当主の千美と申します」
「矢車流の柳です 本日はどうぞよろしくお願いします」
丁寧な挨拶を交わしつつ、矢車は周囲に式神を飛ばす
すると次々に術が解かれ、大量の陰陽師達が姿をあらわした
「儂よりも全然卑怯じゃないかこの姉さん?」
「当たり前だ 陰陽師のトップなんて捻じれに捻じれた最悪の性格よ」
「確かにな 儂の目の前にいる2人は最悪の性格だ」
「これはただの護衛でございます 恐ろしい敵を前にこんなか弱い乙女1人では心細うて」
「で、そんな当主様が何の用だ?」
「これ以上の被害は望みません そちらは多くを殺し過ぎました もう落ち着いてもいいのではなくて?」
「だってよ鬼」
「そうだな矢車」
「おわかりいただけたようでなによ――」
しめしめ計画通りとにやけた千美の真横で悲鳴が響く
手当たり次第に陰陽師達をぶん殴る鬼
式神を飛ばして嫌らしい術式を振りまく矢車
どちらも楽しそうに満面の笑みで暴れ回っていた
「アナタ達!なにしてるんですか!?」
「我が業務用復讐代行社が承った依頼は産土流陰陽道の壊滅ですので」
「そもそも儂って鬼だから人の規律とか知らんし」
千美の話なんて全く響いていなかった
愕然としている目の前でどんどんと仲間が殺されていく
このままでは本当に産土流が滅んでしまう
「総員退きなさい!!ここは私が受け持ちます!!」
「逃がすなよ鬼!千美は俺が相手する」
「任せた!」
千美の悲痛な叫びも搔き消される
鬼の一撃で地面が歪み、まるで蟻地獄のような窪みが出来た
逃げようとした陰陽師達が足をとられて滑り落ちる
もちろん底に待ち受けるは笑う鬼
これこそ正に本当の地獄だ
「くっ どきなさい柳!」
「残念ながら助けには行かせません」
当主同士が睨み合う
こうなったらお互い退くことはできない
闘いの火蓋が切って落とされた
「柳、アナタは自分が何をしているかわかっていますか?」
「いいや 何もわかっちゃいない あの鬼が何者かも知らないぜ」
「そんな馬鹿な」
「そっちこそ俺が兎海村を滅ぼした理由を知らないでしょう そんなもんです」
「俺が滅ぼした? あの村は鬼が復活したせいで」
「それは副産物 正確には俺が村を滅ぼして、その結果アイツが甦った」
「……では何が目的なんですか? どうして鬼の復活を?」
「鬼がいるなんて予想外だったのさ ただ依頼されたから滅ぼしただけだ」
「理解できません それでどうして私達陰陽師を殺しているんですか」
「それは俺も理解できてない だけどまぁ鬼から依頼を受けたのでね」
絶句する千美
信じられない物を見る目で矢車を睨む
もしかして本当に殺すべきは鬼よりもこの男か?
「照れるからそんなに見つめるなよ」
「矢車流の外道さは聞き及んでいましたが、まさかここまでの悪人だとは」
「お褒めにあずかり誠に光栄」
「申し訳ありませんがここで殺します」
言うや否や雷撃が飛んでくる
かいくぐり避ける矢車 しかし豪雨のように雷が降り注ぐ
当主の肩書は伊達ではない
「おいおい無尽蔵かよ化物だな」
「アナタも村で見たのではなくて? 生気を貯めて術に転用するのは我が産土流の十八番 この総本山には大量に貯めてありますのよ」
先程矢車も生気をビームに変換して結界を壊したが、そんな粗雑な使い方ではなく丁寧に扱えるのが産土流
村で鬼を封印していたのも、他の力を1人に集めて放つ技も、丁寧で王道の産土流だからこそできる強みだ
千美が使うのはその最高峰
タンクを用意し生気を貯めて、そこから術者へ経路を繋ぐ
これにより術者は貯蔵された生気を使い無尽蔵に術式を放てるのだ
矢車も必死に躱し防御するが、圧倒的物量に押し負けてしまう
「案外口ほどでもないですわね」
「くそっ 俺は呪いが専門だっちゅうに」
もともと緻密な準備を重ねて大規模な儀式を扱うのが矢車流
暗躍大好き裏方気質でこういった戦闘は苦手なのだ
そこらの雑魚陰陽師ならばどうにかなるが、当主となれば流石に手こずる
だがどうにか反撃の狼煙をあげた
「――何をした矢車」
降り注ぐ雷がピタリと止んだ
千美が必死に術式を再構成するが上手に組みあがらない
タンクから生気が引き出せないのだ
「ハッキングさせてもらった こういう陰湿な呪いはコチラの十八番だ」
「まさか経路へ触れたのか?」
「その通り アンタがバカスカ撃ってる雷の術式を辿りタンクから繋がる経路を切った」
「こんな短時間でまさか」
「相手の力を利用するのは呪いの常套手段 それじゃあコチラの番といこうか」
矢車が指揮者のように腕を振るうと式神が舞い踊り千美へ向かう
次々とぶつかり爆発するが直撃はしない
千美は自分自身の生気を使って防御術式を展開したのだ
しかしなにぶん数が多すぎる
「柳!アンタもしかして!?」
「ハッキングしたと言っただろう 産土流が大事にしている貯蔵タンク 経路を切るついでに繋ぎ直させてもらったぜ」
先程まで千美が使っていた無尽蔵の仕組みを今度は逆に矢車が利用した
タンクから吸い上げた生気を式神に込め、雑にぶつけて爆発させたのだ
防御は間に合うがとにかく数が多いせいで削られていく
「産土流の怖い所は無尽蔵のタンクに支えられた大技の連発 だが逆に言えば燃費が悪く、無尽蔵のタンクと切り離されてしまえば途端に力は尽き果ててしまう」
「本当にチマチマといやらしい真似を」
「さてその防御術式はいつまで出せる アンタ自身に残った生気はあとどのくらいかな」
「こんな物すぐに」
「コチラがいつまでも止まらないのは、さっきまで使ってたアンタが一番知っているだろうさ」
「くっ 舐めるなぁ!!」
千美は大きな雷撃を放つ
周囲を飛び交う式神達は一瞬で焼かれ灰になった
その隙に全速力で駆け出し勢いそのままにドロップキック
矢車の胸に深々と刺さり遥か後ろへ吹っ飛ばされた
「例え術式が使えなくても体術がありましてよ」
追撃のためにツカツカと歩み寄る
言われた通り確かに余力は少ないが、だからこそ決めきらないと負けてしまう
強化の術式もかけて蹴り殺す準備を整える
「痛ってぇ~!! そんな華奢の体のどこにこんな馬鹿力が!?」
悪態を吐きながら跳ね起きる矢車
必死に虚勢を張って元気を装うが内心ボロボロだ
無理矢理他流派の術式を乗っ取り多くの式神を操るのは負担が大きすぎる
先程の蹴りも防御が間に合わずまともに受けてあばらが折れた
「流石にもう一撃受けるのはマズい!!」
「てめぇのドテッ腹貫いてやりますわ」
駆けだした千美 例え式神で防がれたとしても、それごと蹴り殺す覚悟で走る
対する矢車はやはり式神で必死に守る
束ねて分厚い大きな壁を作った
千美からはもう矢車は見えない
「うらああああああ!!!」
全力で放つ蹴りが式神を貫く
しかしその式神は破れない 蠢くように足に絡みつきそのまま全身を絡めとる
一瞬でミイラのように式神でグルグル巻きにされた
「なんですのコレ気持ち悪い!」
「ほらほら自慢の体術で抜け出してみろよ」
言われなくても千美は身を震わせて抜け出そうと躍起になっている
だが指一本動かせず、巻き付かれた体は激痛に軋みバラバラになりそうだ
「産土流が誇るタンクに貯まった生気を全部使った緊縛術だ この世の誰も逃げ出せないね」
「待ちなさい!!そんな!!」
「うるさい口は塞いじゃいましょうね」
顔にも式神を巻き付ける
モゴモゴと叫ぶが何も聞こえない
「もしも復讐をお望みの場合は、ぜひ当社までお越しください」
矢車は式神を爆発させた
豪快な爆発音と共に地面が抉れる
先程までそこにいた女当主は跡形も無く消え去った
当主同士が苛烈な争いを繰り広げている少し前
鬼は快活に暴れていた
屋敷内に侵入し、目につく人間を片っ端から殺していく
「案外中は手薄だな」
普段生活している家のため、罠はそこまで多くない
軽い緊縛術も強引に突破しズンズンと突き進む
目指すは最奥 強者の匂いが立ち込めている
「この騒ぎを前に動かず待ち受けているとは肝が太い野郎だ」
おそらくあの当主よりも強い
鬼は楽しみで身震いをした
さて着きましたるは最奥の和室
ふすまを蹴破り押し入れば、暗い和室に1人の老人が座っていた
「お邪魔するぜジジイ」
「ふむ 師匠が封じた兎海村の鬼か」
「師匠だぁ? まさかお前」
「何年生きたかなどとうに忘れた だが我こそが産土流陰陽道の生き字引 他の奴が何人死のうとも、我が生きていればいくらでも再興できる」
「ふふっ ふはははははははははは!!!! つまりお前が最強か あの憎き陰陽師の愛弟子か 復讐を叶えるまたとない機会だな!!」
喜んだ鬼は一息に跳んだ
畳が割れる程の力で殴りかかる
そんな渾身の一撃はあっけなく跳ね返された
殴った鬼自身が後方へ吹っ飛ぶ
「ちっ 結界か そう簡単には殴らせてくれねぇよな」
「お前に我は倒せない この結界には受けた力をそのまま返す反射の術式が組み込んであるからな」
力任せに畳を投げるが面白いようにポンポン跳ね返る
床板も引き剝がし投げるが結果は同じ
跳ね返った畳や床板が天井や鴨居に突き刺さり、あっという間に和室はボロボロだ
「これ以上この家を壊してくれるな 我はここが気に入っているのだ」
「火をつけないだけマシだと思え」
床板が剥がれてあらわになった地面に鬼が降りたつ
土を操り畳を下から突き上げた
激しい音と地鳴りは起こるが老人は全く微動だにせず
「無駄だ 結界は球状に張ってある 下から押しても意味は無い」
「知っとるわジジイ 儂が探していたのはこれだ」
自慢げにドヤ顔で笑う鬼
その手にはげんこつサイズの岩が握られていた
「ある優秀な陰陽師に教えてもらってな 結界術は難解になるほど要石が必要になるのだろう?」
「矢車流め 余計な事を吹き込んでからに」
「その場所から一歩も動かないのが怪しくてな かなり地下に埋まっていたが見つけたぜ」
グシャリと岩を握りしめた
まるで豆腐のように軽々と砕け散る
それと同時に結界も壊れた
邪魔する物が無くなった老人へ向かい鬼は大きく振りかぶる
小柄な体を押し潰すように上から全力で殴りつけた
「――ッッ!」
だがその腕は届かなかった
老人がいつのまにか取り出した小刀が華麗に一閃
腕が1本スパンと斬り落とされて血が噴き出た
「そんな玩具で儂の腕が斬られるとはな」
「小ぶりだが自慢の名刀だ もともと抜群のキレ味に加えて術式でさらに強化してある」
「だがまだ腕は3本あるぞ お前を殺すならこれで充分だ」
「ではそれも落とすか」
老人が軽く刀を振るう
刀は当たらず距離は遠いが、鬼は必死に跳んで避けた
背後の襖が真っ二つに斬れる
「クソジジイが 鎌鼬か」
「そんな上等な物ではないわ ただただ斬撃を飛ばしているだけだ」
「さっき自分でこの部屋を壊すなと言ってなかったか!?」
老人は笑いながら刀を振るいまくる
畳も柱も襖も天井もみるみる斬れてボロボロだ
たまらず鬼は床下に降りて地面に潜った
そのまま先程と同じように地面を盛り上げ攻撃するが、老人は軽々と躱す
「土竜すら斬ってみせようか」
刀を床下に向けて振るう
その斬撃は地表で止まらず通り抜けるように地中へ届いた
「痛ってぇなジジイ反則だろ!?」
たまらず鬼はとびだした
体の節々が掠り傷のように切れている
「ほっほっほっ 流石に綺麗には切れないか」
「それでも地中を切るなんて無茶苦茶だクソジジイ」
激怒した鬼は全力で駆け寄りぶん殴る
もちろん老人は斬ろうとするが、すんでのところで鬼は躱した
バックステップで距離をあけ、紙一重の場所を刀が空振る
慣れないフェイントが綺麗に決まり老人の顔面へクリーンヒット
めり込んだ拳の勢いを活かしてそのまま壁に叩きつける
さらに小刀を取り上げ遠くへぶん投げた
しかし老人は死んじゃいない
トドメを刺そうとする鬼へ電撃を放つ
「あー 何年ぶりだこんな痛みは 久々に殴られた」
「くたばっとけよジジイ」
その雷撃の威力は充分に恐ろしく、まるでダメージを感じさせない
トドメを刺そうとしていた鬼も避けざるを得なかった
「刀は無くとも我が五体が武器である 貫手で充分貴様は殺せる」
「かかってこいや!」
老人は術式を重ねがけ、矢のように鬼へ飛んでいく
たとえ鉄でも貫き通す必殺技だ
対する鬼はどっしりと構え真正面から受け止める
「…?? タンクの残量が尽きたか?そんな馬鹿な」
だがいきなり老人の勢いがガクンと落ちた
すかさず鬼は3本の腕で捉えにかかる
頭、腹、脚をガッシリと掴んだ
「じゃあなジジイ 楽しかったぜ」
雑巾絞りのようにグルリと捻る
プチュンと情けない音をたて、老人は物言わぬ肉塊となった
外からはド派手な爆発音が聞こえてくる
「矢車~ 終わったぞ~」
「生きてやがったがバカ鬼が 殺されとけよ」
激戦を終えた2人が合流した
なんだかんだ傷だらけだ
流石にこれ以上は動けない
「これで復讐完了でよろしいですかお客様」
「うむ 大満足だ 清々した」
「じゃあ俺帰るから お前どうする?」
思わずポカンと固まる鬼
てっきりここから殺し合いだと思っていたが、こんな気さくにさよならとは
「儂をこのまま帰していいのか?」
「なんだ、殺して欲しいのか」
「そういう訳ではないのだが……」
拍子抜けの驚きと、言いようのない寂しさを抱えた鬼はモゴモゴと口を濁す
そんな様子を微笑ましく眺めながら、矢車はキッパリと言い放つ
「俺は1人の殺しは請け負いません 我が社は業務用復讐代行社ですから」
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