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後輩の噂話
明日はデート。
楽しい予定のはずなのに、私はため息をつく。
気が重いまま旅館『碧水館』の裏から入ると、話し声が聞こえてきた。
「絶対、誘拐か取引ですよ」
「違うって二石ちゃん、あれは駆け落ち相手を待ってるのよ」
私は首をかしげる。更衣室からだ。
ドラマの話だろうか?
「えー、でもその相手、ずっと来ないじゃないですか」
「だから捨てられたのよ。今夜は切ない夜になるのね、きっと」
「恋愛に夢みすぎですよ三枝さんは」
「二石ちゃんだってミステリ中毒のくせに」
ノックすると、会話が止まり「はーい」と返事があった。
「お疲れ様」
「一さん!」
二人は同時に言った。声の高さが「若いなぁ」と思う。
二人とも帰り支度を終えて向かい合わせに座っていた。ローテーブルの下に足を伸ばし、リラックスモードだ。
彼女たちはここ、『碧水館』で一緒に働く仲間だ。
「なんか盛り上がってたわね」
私は畳にあがり、ロッカーを開けて荷物を入れた。
「あ、聞きます?
興味あります?」
「ちょっと怪しいお客様がいるんですよ」
「ふうん?」と、私は軽い返事をした。
10年以上旅館にいたら珍しいお客様にはそれなりに遭遇する。大浴場を泡風呂にしたお客様、〆切直前で自宅から逃げ出してきた小説家、殴り合いの痴話げんかを始めたご夫婦、警察沙汰だって何度かある。
最初は驚いたが、そのうち慣れてきた。世の中にはいろんな人がいるものだ。もうちょっとやそっとじゃ驚かない。
とはいえ、後輩達の「聞いてください!」というキラキラした目をスルーできるほど私も冷たくない。
時計を見ると、18時からのシフトまで余裕がある。私は座った。
「聞こうじゃないの」
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