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私のこと
ココアで口をあたため、私は話し出した。
「私は施設で育ちました。母は私が生まれてすぐ亡くなり、父が小さい私に暴力をふるっていたそうです」
「そのこと、彼には……」
「話しました。『大丈夫だよ、君は素敵な人だから』って言ってもらえましたけど……でも私はまともな家庭を知りません。
彼はすごくいい人です。だけどこんな私が、結婚して彼を幸せにできるだろうかと不安で……」
最後は語尾が小さくなってしまった。
急に松谷様が立ち上がる。
私の目の前にしゃがみ、そしてまるで子供に話すように視線を合わせて、
「大丈夫よ!」
そうおっしゃった。
力強い言葉だった。前にいるのに、どん! と背中を押された気がした。
「私は、昨日と今日と、あなたから元気をもらったもの。
今だってあなた、自分より彼の幸せを気にしている。あなたは人を思いやれる素敵な人よ。自信をもって。
どうか、これからのあなたを大事にして」
その言葉は、この夜の澄んだ空気のように、すう、と私に染みわたるようだった。
いつの間にか出ていた涙をぬぐう。
「そうですね。
つらくなって、逃げ出したくなったら1人で旅に出るのもいいかもしれませんね」
「そうよ、特に碧水館っていうところはオススメよ」
「私もです」
それから二人で笑った。
私達は並んで、星空が映る天鏡池をしばらく眺めた。
「朝は本格的なカメラを持ってる人ばかりで、邪魔になる気がしてたの。夜は静かでいいわね」
「私もこの時間の天鏡池、好きです。
深い色が、自分の心を落ち着かせてくれるみたいで」
「……そうね」
不安を抱えて進むより、自分の奥底にあるものを大事にしていければ。
私達はたぶん、三日月の下、同じように考えていた。
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