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お別れ
二日後は久々に日勤で、私は朝から他のスタッフと旅館前のロータリーでバスのお見送りをしていた。
「団体様が帰るとほっとしますね」と手を振りながら二石ちゃんが言う。
「明日も修学旅行生が来るわよ」と三枝さんがつぶやく。
「ひゃー」
「静かにしなさい」と私は二人をたしなめた。
見送りが終わり、入口へと歩き出すと、庭の方から出てきた松谷様と目があった。
「おはようございます」
「おはようございます。よかった、会えて」
朝日に照らされ、すっきりと明るいお顔をされている。
「お庭をご覧になっていたんですね」
「ええ、写真も撮っちゃった」
興味津々の後輩達に「先に戻りなさい」と目配せした。二人は一瞬、子供のように頬を膨らませる。
あの夜のことは松谷様と私との秘密だ。
「今日チェックアウトなの」
「そうですか。ご滞在いただき、ありがとうございました」
「あなたのことが気になって。その後彼氏さんとはどう?」
私は今朝のやりとりを思い出す。
先日の埋め合わせに、今度おいしいパスタのお店に連れて行ってもらうことになった。一緒に残業した仲間に教えてもらったらしい。
「相変わらず優しいです。今後、つらいこともあるかもしれないけど……あの夜話して、不安がずいぶんと落ち着きました。ありがとうございました」
「私こそあなたには助けてもらって、感謝しているわ。
また泊まりに来るわね」
最高の褒め言葉だった。
私は胸をはって「いつでもお待ちしております」と応えた。
ロビーに戻ると「なに話してたんですか」と二人がこそこそ聞いてきた。
私はすました顔で「ないしょ」と答える。
「えー」
「ずるーい」
「ほら、仕事仕事」
私は後輩達の背中をフロントへと押す。
今日も、たくさんの方が気持ちよく過ごして、笑顔で帰れるように、最善を尽くそう。
きっと天鏡池を見るたび、松谷様を思い出す。
あの人の未来が明るいものでありますように、と願った。
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