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謎のお客様
「その方の受付は私が担当したんですけど、妙にきょろきょろしてるんです」
二石ちゃんは眉間にしわを寄せて話し出した。「妙に」を「みょ~に」と発音し、声も低い。昔の刑事ドラマの真似らしい。
「お部屋をご案内したら5分もしないうちにロビーに戻ってこられて……それからずっと、時計やスマホを気にしているんですねぇ~。
入口を何度も不安そうな顔で見ていました。
きっと、身代金の受け渡しか麻薬取引ですよ。そう……ミステリーのニオイです!」
すかさず三枝さんが反論する。
「違うって、あの人は駆け落ち相手を待ってるのよ。相手は既婚者でしょうね」
三枝さんは頬に手を当て、物憂げな表情。口調が舞台女優のように感情的になっていく。
「彼には家庭がある。来ないかもしれない。
でも、もし来てくれたなら、私、幸せで死んでしまいそう……!
けれど悲しいことに相手は来ない……今夜、胸の内は荒れに荒れ、枕が涙で濡れるのです……」
二人はドヤ顔で私を見てくる。
私は肩をすくめた。
「要約すると、ロビーで不安そうにきょろきょろして、スマホや入り口をチェックしてる……」
二人はうんうん、とうなずく。
「……挙動不審だけど、普通のお客様じゃない?」
二人はがくっ、と肩を落とした。
申し訳ないけど、正直インパクトに欠ける。
「妄想しすぎよ二人とも」
「あ! じゃあこれはどう説明します?」
二石ちゃんが手を挙げる。
「その方、受付でお名前を書き間違えたんです」
「え?」
「松、って書いて、その後四位って書き直したんですよ!
怪しくないですか?」
「偽名ってこと?
松で始まるのが本名なのかな」
三枝さんが考え込む。
私も首をひねった。
確かに不思議だけれど。
「そろそろ仕事にかからなきゃ」と私は立ち上がった。
「えーもうちょっと付き合ってくださいよー」と三枝さんが絡んでくるのをよそに、身だしなみを整える。
「修学旅行生がそろそろつくから。あなた達も早く帰ってゆっくりしなさい」
「一さんみたいに楽しいお話がないから、妄想で盛り上がって楽しんでるんじゃないですかー」
二石ちゃんが絡んでくるのを「はいはい」とあしらい、私は更衣室を出た。
少し寂しさを感じる。
――楽しい話、か。胸のもやもやは、二人には話せないな。
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