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フロント
フロントに入り、ロビーを見渡した。ソファや椅子で、たくさんのお客様がくつろいでいる。
さっきの話、気にならないと言えば嘘になる。
噂のお客様はすぐにわかった。後輩達の言う通り、周囲を気にしていたからだ。
黒のハイネックにグレーのスカート、髪を一つにまとめた50代くらいの女性。近所の買い物に来たようなラフな印象を受けた。
もっと観察したかったが、自動ドアが開いて中年のご夫婦が入ってきた。
「いらっしゃいませ」と仕事モードに戻り、チェックインを受け付ける。ご主人が手続きを終えたところで、奥様が「綺麗なところね」と言った。視線は中庭に向けられている。
中庭は今、紅葉が美しい。ロビーに敷き詰められた臙脂色の絨毯とも調和している。
「ここの庭も素敵だけど、近くの池も有名なんだよ。ええと、名前が……」
男性がちら、と私を見たので、後を引き継いだ。
「天鏡池でございますね。広い水面に空が綺麗に反射して映ることからそう呼ばれています。今の時期は、湖を囲む紅葉と朝霧が特に幻想的でございます」
「まあ」
「展望所へは碧水館より徒歩5分です。朝のお散歩がてら訪れる方も多いですよ」
「ありがとうございます、行ってみますね」
ご夫婦はにこにこと立ち去った。別なスタッフが部屋までの案内を引き継ぐ。再度ロビーを見て、私ははっとした。
あの女性が、ご夫婦の後ろ姿を暗い顔で見ていた。
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