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湖へ
社宅に戻った頃には夜だった。車のドアを閉める音がバン、と響く。思わずあたりを見回した。後輩達の部屋の窓は暗いままだ。まだ仕事だろう。
このまま部屋に戻るのは嫌だな、と思った。
駐車場脇の階段を上り、職場を横目に国道に出る。外灯の下、人気はない。しばらく行くと、天鏡池最寄りの駐車場、そして自販機がある。あたたかいココアを買って、左右の手でお手玉しながら遊歩道を降りていく。
彼からのメッセージを思い返す。
「先輩が急病で早退して、明日のプレゼンも代わることになった」
「申し訳ない、また改めて会おう」
がっかりした一方、どこかでほっとしている自分がいた。もやもやした気持ちのまま彼に会うのは悪い気がした。
展望所が見えてきた。天鏡池を一望できる、木でできた広い見晴台だ。
奥には四阿がある。そこで一息ついて戻ろうと思ったけれど、先客がいた。
向こうも私に気づいた。
あのお客様――四位様だった。
頬に、涙が光っていた。
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