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通貨は本来寂しがりやで、強欲者が好き
カミネは、五秒かけてゆっくりと瞳を閉じて、空にむけて両腕を伸ばしていった。どこからか金木犀の香りが漂ってきて彼女の鼻腔をくすぐり、カミネはちょっと微笑んだ。ああ、やっと夏は行ってくれたんだ。やがてリラックスした表情で手を足の上に置く。
その子供っぽい部下の様子を見守っていた上司のヘルムートは苦笑する。でも、彼は彼女の仕事には絶大なる信頼をおいていた。
大陸の南に位置するラングリッチ王国の王都ジュイルスにも穏やかな初秋の風が届いていた。
ここ王国唯一の造幣局(リンプメイデン)の中庭でカミネは五万枚のマイサル紙幣の前で座り、"通貨発行の儀式(ザイールシュー)"をとり行っている。
彼女は一呼吸を500秒かけて行いながら、魔法の詠唱を唱える。魔法には才能、技術、そして類まれなる集中力が必要である。
"スイランスーゼンムージンヴァルクーゼーソンーゲ(神よ、我が魔力で紙幣に聖なる力をお与えください)"紫色の燭光が彼女の詠唱が注がれるにつれて、紙幣から湧き上がってくる。紙幣に"自我"が生まれてきた証だ。
"ジュメールセンプクウムースハーイランデンオドール(良き民と国のために我が通貨が役立ちますように)"
詠唱を終えて、カミネはおもむろに美しいブロンドの髪をハサミで切り、紙幣の束に降り注いだ。すると金の糸のように髪が次々と紙幣に付着して、"KAMINE"という小さな文字が浮かびあがる。刺繍のように彼女の髪が五万枚の紙幣に魔力で縫いつけられたのだ。
"ザンクローズ。アレーナズイル(通貨発行完了)」
カミネは、満足したように微笑を浮かべて造幣局の若き製造部長であるヘルムートに手をふる。右側面の髪だけが切り取られて、せっかくの整った顔立ちが台無しである。
「頭巾をかぶりなさいカミネ」
ヘルムートは、そう言いながらカミネの髪が刺繍された五千枚の紙幣を麻袋に詰め込んでいく。
「どうせ、すぐ生えますよ」
「そう願いたい。君の髪が刺繍されていない紙幣は、ただの紙切れだからね」
カミネは照れくさそうに微笑んで
「お茶を飲みましょう、局長。重労働でヘトヘトです」
カミネは上司の許可も待たずに中庭を出ていく。ヘルムートも黙ってカミネについて行く。
王都ジュイルスには60万の市民が生活し、カミネたち造幣局の役人が発行する魔法通貨を使用して暮らす。ヘルムートとカミネは造幣局を出て、三軒右隣にある古い木造のカフェに入った。
「通貨は寂しがり屋で、強欲な人間を好みすぎる」
ヘルムートは砂糖もミルクもいれない紅茶を飲む。
「それ誰の格言ですか局長」
カミネは、砂糖とミルクをたっぷり自分の紅茶にいれながら上司に聞いた。
「現行の魔法通貨システムを導入した三世代前の王様の言葉さ」
「なるほどです」
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