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Ⅲ
地球へ帰還する道中、二人は一切口を利かなかった。
方舟は地球上空に達すると、ゆっくりと高度を下げて大気圏へと突入した。
「……そろそろお別れね。色々あったけど、まあ普段じゃ味わえない経験が出来たわ。それだけは感謝に値するわ」
現状精一杯のアゲィトの謝意にも少女は一切反応せずに沈黙を通した。
大気圏を無事突破した方舟はそのままゆっくりと下降を続け、漸く元の場所へと戻って来た。
このままアゲィトは方舟から降りるかと思いきや、少女にお願いをした。
「お願いとは、一体何かな?」
「アンタが掘り出した”月の宝石”、私が貰うわ」
「……えっと、聞き間違いだと思うんだけど、もしかして今”月の宝石”を貰うって言った?」
「ちゃんと聞こえているじゃない」
「はあ、これは私の生活を繋ぐ大切な商売道具なんだよねぇ。それを横取りなんてどういう了見なのかなぁ?」
「簡単な話。アンタは地球人を見下し、その可能性を否定し、それを自分の利益の為に利用している。そんなこと、許されない愚行です」
「つまり、キミは私の生活よりも地球人の可能性を優先するって言いたいのかな?」
「そうです」
「やれやれ、私的にはマイナス100万点だけど、地球人的には満点の回答だよ。まっ、好きにすればいいよ」
少女は思いの外、素直に月の宝石をアゲィトに譲る意思を見せた。
月の宝石を入れた小さな箱を手に取る為、椅子から立ち上がり、作業棚の引き出しの方へ向かったその時、鈍い音が部屋中に響き渡った。
アゲィトの手にはスコップが握られており、それで少女の頭部を殴打したのだ。
スコップの先端には鮮血が付着し、少女の頭部からも大量の血が流れていた。
「……可哀そうだけど、アンタはここで消えてもらうよ。ドッペルゲンガーはどちらかが死ぬ運命なんだからね。それと、アンタが採った”月の宝石”、確かに貰って行くよ」
アゲィトは憐みに近い感情を抱きながら、転がり落ちた小さな箱を拾い上げようと手を伸ばした瞬間、鋭い刃がアゲィトの頭部を貫いた。
一瞬の凶事を感じる間も無く、アゲィトはその場に倒れ絶命した。
倒れたアゲィトの背後に涼しい顔をして佇む少女の姿があった。右手には血塗れの短剣を持っていたが、まるで飽きた玩具の如く、アゲィトの骸に向かって突き刺すように投げつけた。
「……誰が死ぬ運命だってぇ?寝言は寝て言いやがれって感じだよ。まあ、永眠した奴に言うだけ無駄なことなんだけど」
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