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見知らぬ父親と対面(涙ナシ)した翌日、修羅場に巻き込まれました
これって、人生初の《修羅場》というものかもしれない。当事者でなくて、本当に良かった……。
周囲で飛び交う怒号、悲鳴、抗議の声が入り混じる喧騒を聞き流しながら、セララは呑気にそんなことを考えていた。……実は彼女は、思いっきり当事者だったのだが。
「貴様、ふざけるな!! さっさとあの者達の暴挙を止めさせろ!!」
「はぁ? お貴族様のお言葉は、下賤な身である私には理解致しかねますな。何をもって、私の部下達の行為を『暴挙』と仰るのですか?」
「私の屋敷の物を、勝手に奪い取っているのだぞ!? これを蛮行と言わずに何と言うのだ!?」
生まれてこの方、18年間も音沙汰のなかった父親が急に現れたかと思えば、恩着せがましく引き取ってやると言われて仕方なくその屋敷に出向いたら、翌日に借金のカタに嫁入りさせられる行為って、世間一般的には暴挙とか蛮行って言わないのかしらね? お貴族様のやる事って、理解不能だわ。
出会ってまだ二日目の自称父親と、その借金相手らしい商人のやり取りを、セララは最初からすこぶる冷静に観察し続けていた。というか、それ位しか現時点ですることがなかったのである。
「おかしいですね。我がザクラス商会がビクトーザ子爵家に貸し出した金額全額は、ビクトーザ子爵家のご令嬢が我が家に輿入れする事と、持参金代わりにザクラス家が納得する持参品を頂く事で帳消しとすると話がついているではありませんか。現にわざわざ子爵が司法局まで出向いて、立派な公文書を作成していただきましたのに」
「そうだ! だから娘は嫁にやるし、相応しい持参品も準備しただろうが!」
「はっ! 笑わせるな。使用人に手を付けて放り出したまま、慰謝料も養育費も払ってこなかった下衆野郎が。威張りくさってんじゃねえぞ。平民の娘もどきには、この程度の持参品で良いってか? 豪快に借金したくせに、返す時にはみみっちい虫けら野郎だな」
「なっ、なんだとっ!! お前、喋ったのか!?」
途端に怒りで顔を紅潮させながら、自称父親であるビクトーザ子爵家当主コニールが、セララに向き直って喚き立てた。その小物っぷりにセララが幻滅しきって口を開く気も失せていると、ザクラス商会当主のエカードが彼女以上に呆れた様子で口を挟んでくる。
「おいおい、この子は俺達が出向いてから、まだ一言も話していないじゃねえか。それでどうやって俺に暴露するんだよ。頭が足りないにも程があるな。まあ、それ位だから考えなしに借金を繰り返して、首が回らなくなるんだが」
「ふざけるな! それならどうして、この娘の事が分かるんだ!」
「そりゃあ、見れば分かるだろ。事前に情報を集めていた令嬢の髪や目の色、背格好が全く異なる。極めつけは、身に着けているドレスや靴が、全くサイズが合っていない。どうせ、わざわざ仕立てるのも勿体ないからって、本当の娘の古着とかを適当にあてがったんだろう。これで『貴族のお嬢様を嫁に貰える』とありがたがって、はした金ならぬ二束三文の物を持たされただけで俺があっさり帰ると思っていたら、相当におめでたいな」
「…………っ!」
あ、良かった。貴族らしからぬ品の無さとか、教養がないとか、肌の手入れがなっていないとかで露見したなら、多少は私のせいと言えなくもないけど。そういう事なら、私が責められる非はないわね。
だって、私だって思ったもの。仮にもいきなり見ず知らずの相手と結婚させようってのに、適当にある物を着せるなんて適当過ぎるじゃない。
屋敷を訪れた当初は礼儀正しく会話していたエカードだったが、事ここに至って礼儀などかなぐり捨てて貴族相手に一歩も引かず、不敵に笑った。それを見たコニールが、赤い顔を怒りのあまりどす黒くさせる。
金を借りた者と貸し出した者。二人が揉めながら言い争っている間も、エカードの部下達は目覚ましい働きを見せていたらしく、大きな麻袋を担いで屋敷中を駆け回っていた。必然的に、屋敷内の使用人達からの被害報告が続々と集まってくる。
「だっ、旦那様! あの暴徒どもが、銀製の燭台を根こそぎ持ち出しました!」
「玄関ホールに飾ってある絵画が全て放り出されて、高価な額縁だけ持ち去っています!」
「談話室に飾ってある、宝石を埋め込んであるレリーフが!」
「応接室の隣国製のからくり時計を、あいつら遠慮なく持っていきやがって!」
「大広間のカーテンが、全てむしり取られています!」
「今度のパーティーでお出しする予定の、逸品物のワインが根こそぎ取られました!」
「貴様!! 平民の分際で、こんな事をしても良いと思っているのか!!」
「あ? なんか文句があるってのか? それなら止めないから訴え出ろ。こっちはれっきとした公文書がある上、そっちが《平民にむしり取られた、間抜けな貴族様》の烙印を押されるのは確実だがな」
「このっ……!」
さすがはこの十数年で、一気に成長したザクラス商会。会頭も部下も抜け目が無いし、容赦がないとみたわ。内心で馬鹿にしていた平民に散々むしり取られて、この人、憤死するんじゃないかしら。
セララは完全に他人事で、憤然として声が出ないコニールを傍観していた。すると事態が動き、エカードの下に一人の男が駆け寄って来て報告する。
「旦那様。全員、目ぼしい物の回収は終了いたしました」
「ご苦労。それでは撤収するか。それじゃあお嬢さん、行こうか」
「……はい?」
え? 私、ここのお嬢様じゃないんだけど? 確かに、このろくでなし野郎の血は引いているかもしれないけど貴族として育ったわけでもないから、結婚してもそっちにメリットはないわよね? どうしてこの人と、一緒に行かないといけないわけ?
セララは当然のように差し出された手を、ただ困惑して見つめた。それでエカードは彼女の戸惑いを理解したらしく、軽く身体を寄せて彼女の耳元に囁いてくる。
「取り敢えず、君が一緒に来てくれないと困るんだ。それに人並みの理解力があれば、これ以上ここにいてもろくな事にならないのは分かると思うが」
周囲の険悪で殺気立った雰囲気からも、ここに居残ったらこの事態が全て自分のせいにされかねないと察したセララは、一も二もなく頷く。
「行きます。今日売り飛ばされるか、明日売り飛ばされるかの違いですよね」
「理解が早くて助かる。絶対に、君に悪いようにはしないから」
「取り敢えず、あれよりはマシだし信用できると思いますので、お付き合いします」
「実に賢明な判断だ」
セララがチラリとコニールに視線を向けながら囁き返すと、エカードは笑いを堪える表情になって小さく頷いた。すると二人の視線の先で執事長らしき男から小声で報告を受けていたコニールが、満足そうな表情で振り返る。
「必要な物は手にしたんだろう。約束通り、娘はくれてやる。さっさとここから出て行け! 二度と,
その不愉快な顔を見せるな!!」
「こっちも、あんたが金を借りに来なければ、その醜悪な顔を見なくて済むから願ったり叶ったりだ。それじゃあな」
なにかしら? 急に馬鹿にしたような笑みになって。何か企んでいるの? あまり良い感じがしないんだけど。
素っ気なく言い捨てて歩き出したエカードに促され、セララは彼の後について歩き出した。しかしその直前に目にしたコニールや執事長の不敵な笑みが、妙に気になっていた。
驚いた事に玄関を出ると、子爵邸の正面玄関前には飾り気のない馬車の他に、通常荷物や人員の運搬に使う幌馬車が五台も列をなして停まっていた。どうやら戦利品らしい麻袋を荷台に積んでいた一人の男が駆け寄り、エカードだけに聞こえるように囁く。
「よし、ご苦労だった! 皆、撤収するぞ!」
その号令に男達はすかさず反応し、荷台や御者台に分散して飛び乗った。そしてセララも促され、エカードに続いて馬車に乗り込む。二人が車内で向かい合って座席に落ち着くや否や、馬車がゆっくりと動き出した。
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