お互いの状況説明と、ちょっとした提案をされました

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お互いの状況説明と、ちょっとした提案をされました

「それでは状況説明と諸々の確認のために、まずは自己紹介といこうか。私はエカード・ザクラス。ザクラス商会会頭だ。そちらは?」 「セララ・ロキシーです。あ、でも昨日からは、セララ・ビクトーザでしたっけ?」  小首を傾げながらのセララの台詞に、エカードは吹き出しそうになるのを堪えながら話を続けた。 「名乗るのに、疑問形か。よっぽどだな」 「ええ、よっぽどですとも。長患いしていた母の葬儀を済ませてやっと一息ついたタイミングで、十八年間音沙汰なかった父親と名乗る男からの遣いが来て、『引き取ってやる。ありがたく思え』ですよ? 頭沸いてんのか、この親父、くらいの事を頭の中で考えても罰は当たりませんよね?」  セララは憤然としながら悪態を吐いた。しかしそれを聞いたエカードが、瞬時に神妙な面持ちになる。 「そうか……、お母上はお亡くなりになったのか。娘を一人残していかなければならなかったとは、さぞ心残りだっただろう。心から、お悔やみ申し上げる。それに長患いとは、君も随分苦労したようだね」 「いえ、確かに最後の数年間は色々大変でしたが、それまでは母が女手一つでしっかり育ててくれましたし、母が病に倒れてからも近所の皆が助けてくれてなんとかなりましたから」 「そうか」  即座にお悔やみを言ってくれる分、そんな言葉は一言も口にしなかったあのろくでなしどもより、遥かに人間性はマシだと分かるわ。本当にあそこに残るより、正解だったわね。  真摯に亡き母に対する弔辞、自分に対する労りの言葉をかけてくれたことで、目の前に座る人物に対するセララの評価が上積みされた。するとエカードが、若干不思議そうに尋ねてくる。 「君があのろくでなしに対して全く肉親としての愛情や信頼を抱いていないのは分かったが、それならどうしてあの屋敷にいたのか聞いても良いかな?」 「別に構いませんよ? 今更引き取ってやると言われてもそんな気は起きなかったので、遣いの人間に面と向かってそう言ったら、『これまで放置されてきたのがそんなに不満か。それならこれまでの慰謝料くらい支払ってやるぞ』と上から目線で言われたもので」  淡々とした口調でセララが状況を説明した。しかしそれを聞いたエカードが怪訝な顔になる。 「それは突っぱねなかったのか?」 「母の治療費として、周囲から借りていたお金が溜まっていたんです。ざっと金貨10枚程ですが、時間をかけて少しずつ返していく事で皆さんにも了解を得ていました。ですがやはり早期に一気に返済した方が、皆の迷惑にならないだろうと判断しました」  そこでエカードは僅かに眉間にしわを寄せ、深い溜め息を吐いた。 「……十八年間放置の慰謝料が、金貨10枚か。安いな」 「別に欲張るつもりはなかったので。そして翌日、身一つで屋敷に出向いたら問答無用で着替えさせられて、誰とも会話せずに食べて寝て起きたら、今朝、食事の席で『お前の結婚相手が、今日お前を迎えに来るからそのつもりでいろ』でしたね。まあ、金貨十枚分の借りがありますし、ろくでもない話だったら相手をぶん殴って逃げれば良いだけだと思ったので、取り敢えず黙ってあの男の横に立っていただけです」 「なるほど。潔さはあっぱれだな」 「そうしたら、玄関ホールで待ち構えていた相手の商会の人間が大挙して玄関からなだれ込んで来るわ、屋敷中に散って略奪行為を始めるわ、貴族のご当主相手に毒舌吐きまくりだわで呆れて果ててしまって、ぶん殴ろうとする気が綺麗さっぱり失せてしまいました。あなたに付いて来たのは、それなりになんとかなるだろうという根拠のない判断で、まあ、成り行きですね」  セララが正直に心情を吐露すると、エカードは堪えきれずに爆笑する。 「あ、あははははっ!! そ、それは幸いだ! 俺は顔が変形する危険を、幸いにも回避できたってことだな!」  そのまま少しの間笑い続けていたエカードだったが、なんとか笑いを静めた。そのタイミングで、今度はセララが問いを発する。 「それでは、今度は私の質問に答えて貰いたいんですけど。この事態は、一体全体どういう事ですか?」  その問いかけに、エカードは顔つきを改めて口を開いた。 「本来部外者で全く事情を知らなかった君が、困惑するのも無理はない。事の発端は、私の所でビクトーザ子爵家に対して以前から金を用立てていていた事だ。もっと正確に言えばつけ払いの延長で、他の商会に対する負債も私が引き受けて、こちらで纏めて回収する事態になったんだ」  そこまで聞いたセララは、一瞬考え込んでから口を挟んだ。 「それでは……、他の商会に泣きつかれてザクラス商会が借金を肩代わりしたことで、子爵家のザクラス商会に対する借入額が膨れ上がったというわけですか?」 「そういう事だ。あの野郎、個々の小さな出入りの商人に対するツケまで、平気で踏み倒す気満々だったんだ。『お前らのような平民風情が、貴族相手に商売できるだけありがたく思え』と言わんばかりの態度で、最近では飲食物を納入する業者にまでツケ払いがまかり通っていたからな」 「屋敷の周りに、周囲の屋敷の使用人達らしき野次馬が集まっていましたからね……。こんな騒ぎになって、もうあの屋敷と取引しようなんて商人はいないんじゃないですか?」 「そうだな。怪しまれないように、今日まではうちの商会が代金を支払っていたからな。まともな才覚がある商人は、明日以降はあの屋敷に出入りしないし取引もしないだろうな」  おかしそうに笑うエカードだったが、ここでセララは気になっていた事を口にしてみた。 「もう一つ聞いても良いですか?」 「ああ、何でも聞いてくれ」 「私、あなたと結婚する事になるんですか?」  その台詞を耳にした瞬間、エカードは盛大に顔を引き攣らせた。次いで項垂れながら、情けない声を漏らす。 「今、聞いてくれてよかったよ……。帰宅してからその台詞が出ていたら、俺は妻子総出で袋叩きだ」  その台詞に安堵しかけたセララだったが、すぐにもっとろくでもない可能性に思い至った。 「そうなると……、まさか、エカードさんの父親の後妻とか?」 「大丈夫だ。あの老害野郎は、二年前にポックリ逝っている」 「はぁ……、そうでしたか……」  なんだか家族関係が複雑そう……。色ボケジジイの後妻じゃなくて良かったけど、今後この人に父親の話題は振らない方が良さそうだわ。  妙に不機嫌そうにきっぱり断言した相手を見て、セララは一つの禁句を脳裏に刻み込んだ。そして気を取り直し、一番可能性がある内容について言及してみる。 「それなら、結婚相手は息子さんでしょうか?」  するとエカードは、何故か言いにくそうに言葉を継いだ。 「うん、まあ……、君は18歳だとさっき聞いたから、息子だったら年は釣り合うし問題ないかと思うが……。実は本気で、あそこの家の娘を嫁に貰う気は無くてね。貴族から嫁を貰ったりしたら金がかかりそうだし、どう考えてもこちらを見下してくるのが目に見えているじゃないか。面倒なだけだろう?」 「確かにそうかもしれませんね」 「だから一応条件には出したが、本気で我が家に嫁ぐ気構えと誠意を見せてくれたら、その心意気に免じた対応をするつもりだったんだ。借金は棒引きまではいかないが、九割方差っ引いた額で借用書を書き直すつもりだったんだがな」 「勿論、婚姻云々の話は抜きで、って事ですよね?」 「その通り。しかし連中見事に、最悪な悪手を繰り出しやがった。そんな相手に、遠慮なんか必要ないよな?」 「それに関しては、全く同意見ですね」  なるほど。そんな裏事情があったとはね。素直に誠意を見せていれば、穏便に事が治まったのに。これを知ったら、あの連中、どんな顔をするかしら?  あの屋敷に滞在したのは正味二日に満たなかったが、その間、何かにつけて子爵家は勿論、使用人に至るまで悉く自分を見下したり邪険に扱ったりしていたことで、セララのあの屋敷全体に対する好感度は地に落ちていた。寧ろ、自分達の行いによって連中が災難に見舞われる結果になったことで胸のすく思いだったが、ここで急に深刻な表情と声音で、エカードが声をかけてくる。 「ここで折り入って、君に相談がある」 「……なんでしょうか?」 「ろくでなしから景気よくむしり取って来たのは良いが、それが許されるのはビクトーザ子爵令嬢と我が家との婚姻が大前提となる。ここで君に、私の身内との結婚を拒否されてしまうのは、非常にまずいんだ」  今度は何を言われるのかと無意識に身構えたセララだったが、ここで先程耳にした公文書の内容を思い返して納得した。
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