怒涛の終幕

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怒涛の終幕

「やれやれ、やっと静かになりましたな。お二人とも、お騒がせして申し訳ありませんでした」  子爵が怒りに震えながら使用人達を引き連れて立ち去り、いざとなったら主人達に加勢しようと集まっていたザクラス家の使用人達も本来の業務に戻って、応接室に静寂が戻った。それを契機に、エカードが申し訳なさそうに客人二人に頭を下げる。対する二人は、揃って首を振った。 「いや、店の者が血相を変えて知らせてきたが、案外すんなり引き上げて手間が省けた。そろそろ連中を、店の外に放り出そうかと考えていたからな」 「本当に、あのような恥知らずで無体な要求を繰り出してくるとは……。セララさんの実の父君なのでこんな事を口にするのは申し訳ありませんが、ビクトーザ子爵の籍からこちらとの縁組を契機に抜ける事ができて、ある意味良かったのかもしれませんぞ? これから強く生きてください」  呆れ気味に言及してから、司祭は神妙な口調でセララに言い聞かせてくる。それにセララは、慌てて言葉を返した。 「あ、はい。子爵家とは今後、無関係で過ごすつもりです。お二人とも、本日はどうもありがとうございました」  神妙に頭を下げたセララに、分隊長が豪快に笑いながら激励する。  「おう、色々大変だろうが頑張れよ! ザクラスさん、この事は詳細を報告書にして上に上げておく。あの根性悪が変な噂でも広げたら、容赦しないからな」 「ありがとうございます。助かります」  分隊長と司祭を玄関まで同行して丁重に送り出し、再び応接室まで戻ってから、エカードが家族に向かって満足げに告げた。 「やれやれ、これで一件落着だな」 「本当に、一件落着したんですか?」  とてもそうは思えなかったセララが、思わず口を挟む。するとエカードがおかしそうに問い返してきた。 「セララさんは、奴が盗難品のリストを作った上で、またここに乗り込んでくると思うのかい?」 「来ないんですか?」 「詳細なリストを作るとなれば、それなりの時間が必要だろう? そうなるとその間に、いくらでも保管場所を移すことができるよな? 連れて来た使用人の何人かをここの周囲に残して出入りを監視しようとしても、こんな人の出入りが多い商会相手に、無駄だと思わないか?」  その光景を脳裏に思い浮かべた瞬間、セララはその当事者に同情した。 「……完全に徒労に終わりますね。本当にそんな無理難題を言いつけられた人がいたとしたら、もう既に頭を抱えている筈です」 「その通り。それに加えて、使用人達に対する疑念もしっかり植え付けてやったからな。リストを作るのと並行して、徹底的な家探しと使用人全員の素行調査を始めるんじゃないか?」 「……うわぁ、忙しそう」  どこか遠い目をしながら、棒読み口調でセララが感想を口にした。それを見たエカードが、笑いを堪える口調で説明を続ける。 「それで作ったリストはここに持って来ないで、宝飾商や加工職人達に配るだろうな」 「え? どうしてですか? せっかく作ったのに、本当に乗り込んでこないんですか?」  意外に思いながらセララが問い返したが、エカードは冷静に話を続けた。 「さっきも言ったように、本当にここにあったとしても既に保管場所を変えられて、乗り込んでも発見できない可能性の方が高いと子爵達は考えるだろう。もし、そうなったらどうなる?」  そこでセララは、先程の子爵とアクトスのやり取りを思い返す。 「どうなるって……。その場合、元々の借金の倍額を慰謝料として支払って貰う事になるんですよね?」 「その通り。それよりも、その宝飾品を金に換えようとしたところを押さえた方が確実で、言い逃れなどできないと考えるはずだ」 「あ、なるほど。確かにその方が効率的かも。それなら、あれらの宝石はどうするんですか?」 「どうもしないが?」 「はい?」 「あれらは嫌がらせの手段として盗っただけで、換金する必要はないからな。幸い、金には困っていないし」 「そうでございますか……」  嫌味じゃなく、本当にお金に困ってないからどうでも良いって思っているのが分かる。本当に相手が悪かったし、格が違い過ぎたわね。  エカードの真顔での説明を聞いて、セララはしみじみとそんな事を思った。するとここで、アクトスが会話に加わる。 「でも兄さん。あの中身はセララさんに渡すと言っていたよな? それなら後々換金するにしても、取り敢えず幾つか渡しておいた方が良くはないか? 契約履行の一部ということで」 「それもそうだな」  話の流れが一気に不穏になったため、セララは力一杯辞退した。 「めめめ滅相もありませんっ!! あんな高価な宝石、普段身に着ける機会なんかありませんから! もう本当に、勘弁してください!」 「それは大丈夫。一部をばらして、セララさんの趣味に合わせたデザインにして作り変えるから」 「作り変えるからって、そんなあっさり! 第一、つい先程連中が『宝飾商や加工職人達に盗品のリストを配る』と言ったばかりじゃないですか! 持ち込まれたアクセサリーを職人さんが見たら一目でバレて、窃盗が露見しますよ!?」  必死の面持ちで危険性を訴えたセララだったが、兄弟は息の合った反論を繰り出す。 「昔から付き合いのある、加工職人に持ち込むから大丈夫。心配いらないよ」 「加工料上乗せに加え、使わなかった宝石は渡すと言えば、口外する筈もないよな。共犯だし」 「盗品が持ち込まれたら謝礼を出すと連中が言ったとしても、どうせ提示する金額は些細な額だろうし」 「横柄なくせにしみったれた貴族と、普段から付き合いのある金払いの良い商人。どちらにつくのが得策か、正しい判断ができないのは正真正銘の馬鹿だろう」 「生憎と私は、昔から馬鹿と取引する趣味はなくてね」  そんな事を言い合って「あはは」と楽しげに笑い合っている男二人に、セララは完全に抵抗を諦めた。  この人達相手に立ち向かっても、勝ち目はないのが分かった。こうなったら影響は、できるだけ最小限度にしておこう。 「あの……、それなら本当に普段使いのできる、小さな石を使ったシンプルなデザインで、作っていただければ助かります……」  控え目に懇願したセララに、エカードが豪快な笑みを向ける。 「ああ、そこら辺は任せておけ。テネリア、取り敢えずセララさんを部屋に案内して、必要な物を急いで揃えて貰えないか? 本当に身一つで来てしまったから、着替えとかも無くてな」 「そうでしたね。取り敢えず寛いで貰いましょう」 「ええ!? 本当にそうなの? 分かったわ、任せて。急いで準備するから」 「さあ、セララさん。こっちよ」 「安心して、万事任せて頂戴!」 「あ、はい。よろしくお願いします」  セララを引き連れて、テネリアとエレーヌが賑やかに応接室を出て行く。それを追って、セイブルとクラッセも退出した。それを見送ったアクトスが、兄に笑いを堪える風情で声をかける。 「彼女にはああいったけど、徹底的に宝石をばらして加工して、庶民が普段使いするような商品をたくさん作らせて売りさばいて、その全額を彼女に渡すつもりだよな?」 「そのまま売るよりは安い金額にはなるが、足はつかないしそれなりの金額にはなるだろう」 「彼女への慰謝料としては妥当だね。それじゃあ、今日は少し客人が多くて疲れたから、少し休ませて貰う」 「ああ、夕食はセララさんも一緒に食べるから、ちゃんと食堂まで出て来いよ」 「分かった」  そこで満足げに笑いあった二人は、応接室を後にした。
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