僕と君と猫

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 なんだ、簡単なことじゃないか。  天井のシミをぼんやり眺めていた時、不意に思い至った。  ホームセンターで荒縄と脚立を購入した。うきうきで愛車のファミリーカーの後部座席に乗せ、束の間のドライブを楽しんだ。無心で市街を疾走した。  彼女が居なくなったのは一週間前だった。  引きこもり、アルバイト暮らしの三十五歳。そんな社会不適合者の僕にいつも寄り添ってくれた恋人が消えた。何の前触れもなく、突然連絡すら取れなくなったのだ。  きっと、僕に愛想を尽かしたんだ。人間不信でコンビニの店員相手にも挙動不審になる僕に嫌気がさしたんだ。  たった一人の理解者だった彼女に捨てられ、自暴自棄になってアルバイトも止めた。もうこんな世界に生きていても意味はない。  すっかり日が暮れた頃、山奥の細道で車を停めた。  この山は昔から幽霊の目撃談の噂が多く、足を踏み入れる者は滅多にいない。街灯なんてあるはずもなく、夜は真の闇に包まれるのだが、今夜は月夜だった。大きな満月が思いの外明るく照らしていた。 「ほら、満月だよ。綺麗だね」  助手席の彼女の残像にそう語りかける。 「僕はね、別に君を恨んでなんかいないんだ。だって君がいなければ遠の昔に僕は死んでいた。君がいてくれたから今日まで行きてこられたんだよ」
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