3章 神を鍛える

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「仕事が師らの体に病をもたらしている……のは否定できません」 「なら、なんで! お前も王様の命令だから仕方がないってのかよ。止めるべきだろう!?」  闔閭。たしかに強大な王だ。先日楚の首都(えい)を陥落させ楚王の喉元に剣を突きつけた。あと僅かだった。神剣があればと叫んだとの話は耳に届いている。師らへの期待は否が応でも高まっている。そのような中で、王の命令に背くのは難しい。  けれどもそれは本質ではない。お二人が剣を打っているのは王命のためではない。自らが神へと至ることができる鍛冶師であるからだ。道士は天へと至る為に長時間を厳しい修行に費やすという。世界を巡り神の石を求めた時に見た求道者たちと師らの試みは、本質的には同じものにみえた。まるで呪いのような崇高な試みだ。  だからそもそも説得できるものではない。そしてそれは赤殿も同じくわかっているのだろう。なぜなら夜間、赤殿がお二人にそう糺す声が聞こえ、一顧だにされなかったからだ。私が問うたところで何も変わらないだろう。  だから私はこう答えるしかなかった。 「お二人が刀匠だから……神剣を打つことのできる特別な刀匠ではないでしょうか」  それに対して、赤殿の言葉は明快だった。 「神剣って何なんだよ。ていうか、神様なんて作れる訳がねぇじゃんか」  神様を生み出す。つまりお二人がなされている試みはそういうことだ。 「お二人の師である欧冶子様はたしかに神剣を鍛えられたそうです」  干将師は欧冶子様とともに数々の名剣を打ち、楚王に収めた。  高山から巨龍が臥す様を望むような龍淵(りゅうえん)剣。茨山を堀り渓谷を枯らし鍛えた工布(こうふ)剣、楚王が振えば敵の三軍が敗れ、千里の流血が流れたという太阿(たいあ)剣。それらは神剣湛盧のように神気を発して意思を持つまでには至らなかったが、神に近しい剣だ。  そして莫邪師が語るより神話じみた剣たち。  少し前まで、赤殿もお二人の語るその剣の姿に目を輝かせていたはずだ。  けれども現在の赤殿の目には最早、夢物語よりも現実の眼の前の両親の姿がまざまざと見えてしまっていたのだろう。客観的に見れば、確かにお二人は幽鬼のようだった。全ての心身をその神剣を作るということに捧げている。 「神剣なんて眉唾だ。作れるはずがない」  その赤殿の悲痛な叫びに、私は何も答えることができなかった。  お二人は作れると確信している。けれども私には、その終わりの見えない遅々とした作業の終点が見えなかった。いや、終点は見えていた。おそらくお二人は神には至らない。それが薄っすらと見えていた。  けれどもそれが何をもたらすのか、見えなかったのだ。
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