3章 神を鍛える

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 帰り道、世界はあの炉の中の如く鮮烈な赤に染まり、冷え切った鉄のように全ての影が黒く伸びて世界を覆い始めていた。家に戻るとわずかに残り滓のような火が灯っていた。  ガラリと開けて入ると朗らかな声が聞こえる。 「おかえり、二人とも。今日は少し遅かったね」 「師よ。滋養に良いものを買ってまいりました。すぐに調理します」  その干将師の明るい声の高さは以前と変わらなかった。けれどもその音は随分とひび割れ、そうして先程の赤殿の言に気付かされた通り、その姿は既に人ではなく、地獄の鬼とも魘魅(えんみ)ともわからぬもののように思われた。莫邪師からはわずかに咳き込みだけが聞こえた。  神とは何なのだ。人ならざるもの。  全ての終わりが迫っている。 「そろそろお前らも打ってみるか」  夕食時、その干将師の突然の言葉に思わず匙を取り落としそうになった。 「俺は刀匠にはならない」  そうして赤殿の吐き捨てるような声で正気に戻る。それでも干将師は優しげに断じた。 「赤。お前は俺と莫邪の子だ。神剣というものは見ればわかるはずだ」 「馬鹿馬鹿しい。何が神だ。そんなものがいるわけない。いてもよしんば、人の手で作れる訳がない」  その声はさながら怨嗟だ。赤殿から世界が両親を奪おうとすることに対する怒りだ。 「何を言う。あれほど語って聞かせたではないか。神は確かに存在し、剣に込めることができるのだ」  これまで何度か話し合われ、平行線を辿った話だ。 「ああ、そうか」  干将師は何かに気づいたように、突然不思議そうな声を上げる。 「そうか。お前らは神剣を実際にその(まなこ)で見たことがないのか。それはすっかり失念していたな」 「失念? 親父、失念とはどういうことだ」 「何、簡単なことさ。神剣を見せよう。完全なものではないが、それでお前らも神剣がどういうものかはわかるはずだ。そうだな、莫邪」  干将師の明るい声に隣で黒く染まった莫邪師はわずかに頷いた。  翌日、新しい鉄が運ばれた。各地で集めた鉄は最早残り少ない。  だからもうすぐ、この仕事は終わりが来る。材料の不足という意図せぬ理由で。そう薄っすらと思っていた矢先のことだった。
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