4章 神剣の素材

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4章 神剣の素材

 食後、ちろちろと火が残る火事場にいざなわれる。  この山奥の火事場は普段は音に溢れているが、今は酷く静かだ。たふたふと闇が満ちている。 「二人共。神とは何だと思う」  何も答えられなかった。  それはずっと考えていて、そしてちっともわからないものだ。  二人の師の内には明確に存在し、私の内には存在しないもの。それが神剣を打つ師らと凡百な私との決定的な違いなのだろう。 「父上、それは力であると思います。闔閭王が仰ることを前提とすれば、呉を中華の覇に導くことができる力です」 「それも一つの答えだろう。それが闔閭王が求める世界の姿で力だ。しかしそれだけではない。神とは全てだ」  困惑した。  全て。  全てとは何だろう。確かに神とはそのようなイメージだ。けれどもあまりにも茫漠としすぎて、捉えようがない。 「万物には自然に形態と性質が備わるものだ。あらゆるものは陰と陽にわかれる。陰の月と陽の太陽。陰の偶数と陽の奇数。裏の陰と表の陽。女の陰と男の陽」  突然始まる陰陽の話。そして混乱のまま五行に続く。 「陽気が動き始めると火が生じ万物が変化する。土は気の精を含んで吐き出し、陰が生じる。陰気が起これば土より金が生じ、万物の成長が終わる。木が土に触れて生ずる。水は準じて万物を平とする」  その話はよく知っている。何故なら火事場でそのように祈るからだ。 「父上、それが剣と何の関係があるのですか」 「関係か。全ての物事というのは強めあい、反発しあう。それが世界の理で、世界を流れる万物そのもので、道であり、神だ」  師の話の内容はどこまでも拡散していき、とらえどころがない。 「お師様。それが神剣を作るのに何の関係があるのでしょう」  干将師は手元に鉄を引き寄せる。五行で言うところの金。そうして先程からパチパチと爆ぜる炉の火を指し、炭を焚べればその火はぶわりと膨らんだ。盛んな火はその力で金を変質させる。工房を見渡す。木は火のもととなる炭のことだろう。そして近くに備え付けられた水は焼入れの工程で用いるものだ。鉄を強く打ち延べしたものを水に入れれば不要な部分が砕け落ち、より純度の高い鉄ができる。干将師の視線を追って、それを理解する。  先程の五行の世界が、この工房に落とし込まれる。 「父上、土は炉のことでしょうか」 「炉も土といえば土だが、土である必要はない。土というものは別のものだ。今は水の工程を研究しているところだが、土は生物を生ずるものだ」 「生物。先程の話だと木を生じさせるものでしょうか」 「そうだ。欧冶子先生は世界、つまり土は神を生み出すための基礎となると考えた」  干将師は世界を眺めるように私と赤殿を見渡す。  神を生み出すもの。先程の話であれば、神とはあらゆるもので、万物の内に存在するのではなかったか。 「二人とも。全ての物は神が作り給うたものよ。それはそのままにして、全てを備えてそこに有る。世界はただ、そこに有るの。けれども人が望む(・・・・)物に神を宿らせ用いるためには、世界自体を生み出し、火によってその性質を変化させる必要がある。それに必要なのは、人の助けよ。人こそが世界に神をもたらすことができる」  神を用いる。なんと大それた言葉だろう。  人の助け。  それが鍛冶という工程なのだろうか
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