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けれども莫邪師が語るそれは、より大きな話のように思われた。呉が覇者となる。確かに闔閭王が求める剣は、ただ強い剣というのみならず覇道を実現する力を生み出す剣という意味を持つのだろう。ありのままではなく志向的で実践的な剣だ。その世界を実現させる暴力的な改変力をもたらす剣。
そう思った時、干将師は自らの髪を一房切り取り、莫耶師の髪も一房切り取った。
「私と莫邪はこの神鉄に触れ、その神気に触れている。そしてこの神剣を作るという工程を正しく理解し、それを助けることができるのだ。その思い描く神気を宿らせよう」
そして燃え盛る火の中に鉄が焚べられ、それが火によって柔らかく変化したところで二房の髪が投げ入れられた。不思議な変化が起こったのだ。オレンジと紅蓮の炎の隙間からわずかに紫色の煙が立ち上る。その不思議な香気をもたらす紫煙は正しく神鉄にまとわりついて馴染みこみ、艶々となめらかに混ざりあった。
そして二人の師はその鉄を叩いた。叩くがごとに鉄はうっとりと伸びて全てを煌めかせる。そうして一本の短剣が生まれ落ちた。赤殿とともに思わず身を乗り出し、息を呑む。立ち上る紫気は確かに神の存在を思わせた。
「父上、これが神剣」
「いや、不完全だ」
二人の師は大きく息をつきながらそう述べた。
改めて見る。これは剣というより短剣だろう。魚腸剣とはこのようなものだろうかと浮かぶ。闔閭の求めは剣である。求められるは覇王の剣。とすればこの短剣では用をなさぬ。
「それでは残りの鉄を全て用いて作れば完成ではありませんか」
「そう、簡単では、ないのよ。私たちは神を剣に込めなければならない。けれどもまだ、足りないの。神を生み出すほど、私も干将も満ちてはいない」
満ちては。
改めて二人の師の姿を眺めた。確かにお二人は、既に人の枠から離れ始めていた。そしてそれは知っていた。けれどもその意味は知らなかったのだ。
土だ。唐突にそう思った。神を生み出すという土となる。お二人はそのような存在に近づいていた。そしてその事実に気づいて、赤殿は崩れ落ちた。工房の内に慟哭が響き渡る。
「だからそろそろ二人に技を教えよう」
「ええ。私たちの技をあなたたちが受け継いでいくの」
「何故! 何で父上と母上が神剣を作らなければならないんだ!」
赤殿の叫びの悲痛さは、師らと較べて随分人間じみていた。
「それは私が欧冶子の弟子であるからだ。欧冶子の神剣を見てしまったからだ」
「それは私が欧冶子の娘だから。父が神剣を作るところを間近に見た。そしても神剣というものを知ってしまったから。私が父の技術を受け継いで湛盧を打ったの。次はあなたよ、赤」
師らの口から、その言葉は当然のように放たれた。
神とは。神剣とはやはり神なのだろう。それを一度見てしまった。見てしまえばもう、抗えない。何度も見てしまえば、尚更だ。だからお二人はそれを生み出す土と成るのだ。やはりそれは、呪いじみていた。
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