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「……いや、いずれ父上はここで剣を打っていた。それならばここにも来ただろう、やはり」
「そういえば干将剣はいずこに?」
「家の西の柱の中に隠してある。何故だかそこだけは壊せなかったらしいな」
赤殿は自嘲しながらその最後に残った柱を崩すと、袱紗があらわれその中から懐かしい干将剣が現れた。
「お師様……」
その剣からは確かにいまだ師干将を感じた。
探し尽くされた中、ここだけが辛うじて無事だったのだろう。支えを失い屋根がズズリと傾く。長くは保たない。
「赤殿、すぐにここをでなければ!」
「干将。俺は父上と母上が剣になってから……いや、父上と母上を剣にする、それを俺がやらなければならないと自覚してから、この神に繋がる世界とは何と恐ろしいものなのかと戦いた。だから俺はそんな世界からはすっぱりと足を洗ったのだ。いや、逃げ出した」
赤殿はどこを見るともなく見渡し、そして血に塗れた二人の頭を優しく撫でた。けれどもゴゴグと木が大きく傾ぐ音が響き、地面が揺れる。出なければ今にも倒壊しそうだ。
赤殿の口から世界がひび割れるような乾いた音が響く。
「けれどもそれは違ったのだな。母上は常々言っていた。この世界は神が人に授けたそのままなのだ。人はそのままの姿で、獣のように欲望に従い欲する物を欲する。それだけなのだ」
「赤殿……?」
赤殿の瞳は真っ赤に染まり、その言葉は流れ落ちる血のように口から滴り床を満たしていく。
「父上や母上が剣になろうとしたのも、王が剣によって覇道を得ようとしたのも、それは正しくその欲望に従った残酷なこの世界のそのままの姿なのだな」
「赤殿。ここを出よう。とりあえず」
「とりあえず?」
その目からは闇がこぼれ、激烈な怒り、いや、怒りですらない気迫が吐き出される。
「とりあえずとは何だ干将。とりあえずとは。ハハ、とりあえず俺の両親は剣になって、とりあえず俺の妻子は無惨に斬り殺されて、とりあえず……」
「赤殿……」
「何が神剣だ。何が神だ。神とは……そうだ全てだ。俺は許せない。何故」
言に湧き出る怒りを滲ませる赤殿の腕を無理やり引きずり裏口から外に出た途端、家は無惨にも崩れ落ちた。赤殿の服は赤かった。血に染まっていた。それは妻子の血と、赤殿自身の耳目から滂沱の如く流れ落ちる血の涙によって。けれども無意識にか赤殿が手に取っていた干将剣はぼんやりと白い闇を放っていた。
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