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「干将。父上と母上はこれで満足なのだろうか」
私は答えざるを得なかった。それは魂から発せられた言葉だ。それがよくわかった。
「俺にはわからない。だがお師様方は自ら剣になったのだと思う。おそらくそれだけだ」
「そう、だよな。俺も剣になれば楚王を殺せるか? 覇道など糞食らえだ」
「赤殿……?」
私は戦いた。
赤殿の瞳に似たものを以前に見た事がある。欧冶子様のことを語る莫邪師の瞳だ。何かを強く訴求されたその瞳は狂気にまみれ、どこか美しかった。
「無理だ赤殿。仮に剣になったとしても楚王に見えることなどできん」
突然複数の足音が聞こえた。
反対側、この家の正面からだ。息を潜める。
「参ったな、崩れてやがる」
「お前の家探しが雑すぎるんだよ。それよりどうする。報告するか?」
「もう少し……探すのは無理か。しかし困ったな。干赤は殺せとのご命令だ」
「生かして剣を打たせればいいのによ」
隣でギリと歯が食いしばる音がした。
「楚王様は神剣を打つような人間が商売もせずに在野にいては困るのさ。あの干将のようにきちんと店を構えて動向がわかるならともかくな」
「違いねぇ。いつの間にか神剣ができてました、じゃたまったものじゃねぇからな」
その言葉に頭を殴られたような気になった。私は……私は店を構えているから襲われなかったのか。自嘲するような乾いた笑いが隣から溢れる。
「干将。俺は死ぬ運命らしい」
「何をいう。所在を明らかにすれば……一緒に店を持とう」
けれども、そんな言葉は何の意味も持たないことはわかっていた。赤殿にとって大切なものは、人間としての幸福や、交々の価値は全て失われたのだ。そしてその奥底に残ったのは、神の剣の記憶。
「手遅れだよ。色々と、な。それに今更そんなことは御免だ。俺の今の望みは楚王の全てを奪うことだ。こんなくだらないことで殺された妻子の敵を」
その時、私は干将剣がぼんやりと光っていることに気がついた。そうして人であった頃の干将師の言葉を思い出していた。
「赤が困ったら助けてやってくれ」
その時は朗らかに私に向けられていたその言葉はやはり、神にはなれぬ私にとっては、呪いだったのだろう。
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