序章 神剣

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 目立たない私と違い、田舎に引き込もり悠々自適の暮らしをしていても父雷煥(らいかん)はとても華やかな人だった。  曹操亡き後魏は滅びて西(しん)となり、西晋に仕える張華(ちょうか)という男が父を訪ねてきた。政権の中央にいる男が何故と思ったが、星について語らいに訪れたらしい。  父に付き従い、ともに星見の塔に登った折のことだ。 「雷煥先生、南斗六星と牛飼い座の間に紫気が立つのが気にかかります」  その紫気とやらは平凡な私には夜の闇に紛れ、見えなかった。 「張華先生、私もです。あれは神剣が天に帰りたがっている兆しでしょう」 「神剣ですか。剣といえば幼少のころに占い師に言われましてな。(わし)は還暦に至る頃には地位を上りつめ宝剣を手にすると言うのです」 「さようですか。得難きことですね」  冗談交じりの張華の言葉を父は当然のごとく受け取った。  宝剣。二人の傑物の話に口を挟まず聞いていたが、まるで夢物語だ。けれども父の言葉を受けた張華の表情は真剣味を帯びた。 「先生、私はその神剣を手にできますでしょうか。あの方向はどこにあたりましょう」 「豫章(よしょう)豊城(ほうじょう)あたりですかなぁ。しかし張華先生、神剣とは名の通り神なのです。どこに納まるかは神剣の意思次第でしょう」 「雷煥先生を豊城県令に任命いたします。お探し頂けないでしょうか。どうか、何卒」  そうして父は県令となった。話のあまりの速やかさに私は思わず仰天した。  父は豊城に赴き、真っ先に獄舎を調べて掘り進めた。  周囲からは随分奇異に見られたが、十三メートル掘った先に石函があり、たふたふと光が溢れ出していた。開けば二振りの剣が納められていた。父はこれが天に帰りたがっていた神剣と直感したそうだ。名土と名高い南昌(なんしょう)の土で剣を研ぎ、水を張った盆で洗えばその光輝は見る者が慄く程となった。  その夜、天の紫気が途絶えた。  天の紫気は神剣が天を求めて溢れ出たものだから、このままでは地上に出た神剣は二振りともそのまま天に帰る。そう考えた父はその一振りを張華に送った。  そして父の手元に残り、私が預かった剣が先程の剣だ。水面のような紋の浮き出た美しい剣だった。 「神の剣かぁ。さぞ美しい剣だったのでしょうねえ」  人夫の言葉に私は頷き、頭を上げる。 「あれは人が打った神剣なのだ。その人は豪炎とともに神に至り、その族全てを犠牲に復讐を果たした。今その因果の果てに龍と化し、漸く天に昇ったのだろう」  見上げた空は明るく晴れていた。
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