5章 献上

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 半ば赤殿に引きずられるように師らの足跡を追って五山を巡り、神石を求めた。師らという神剣を間近で見たせいか、以前にはわからなかった神が宿る石というものが呪いのように理解できた。そうして、師らの集めていた石と、私の手元に集まる石の違いが次第に見て取れるようになった。  世界の全ては神が与えたものである。そして神とは、人間の理とは無関係のものなのだ。師らはこの世に天が遍く天帝たる力を分けた神の石の最も純粋なものを純粋な神を求める心でもって集めた。けれども赤殿はたった1つの目的に従い、神の石を集めている。その目的はより卑近な、人の魂が神と化した鬼神の力が宿る石が自然と集めこととなる。  赤殿の姿は幽鬼さながらだった。純粋に神を志していた師らとは異なり、赤殿の周りは妙な気がまといその周囲を空気を一段暗くしていた。いくつかの聖山では立ち入りを断られ、比較的ましな私一人で石を集めた。  たった2人の道行だ。私も赤殿も、誰も連れて行かなかった。赤殿にはすでに子はない。私にも弟子はいない。 「赤殿。本当に神剣を打たれるのですか」  赤殿から返事はない。それは答えるまでもないことだったからだ。私の問いは、師らと同様、旅立つ前にすでに心を決めた赤殿を微塵も動かすものではない。けれども私は道中、何度も赤殿に訪ねた。何故ならそれが何をもたらすか、よくわかっていたからだ。だからむしろ、其の問いかけは自分に対して向けられていることをよく自覚していた。 「(しゃく)殿、誠に申し訳ない」  赤殿は燃え盛る炎の前で、深々と頭を下げた。  旅の間、いつのまにか赤殿の私の呼び名が干将から尺に戻っていた。私は私として神剣を打つのだ。赤殿の呼び方の変化は、私の覚悟をもまた深めていた。 「赤殿、それがおそらく、私の運命だったのだ」  私は刀剣師としては三流だった。  剣は神剣しか打ったことがない。王に莫邪剣を献上した後、そのことに気がついた。人を殺すための剣はどう打てばよいかわからない。そもそも師らが化した剣は世を導く剣で、人を殺すための剣ではない。人を殺すための剣の作り方を私は学んでいない。  だから私は私の名で、日常に用いるものをほそぼそと打っていた。師らのもとで基礎的な鍛錬として、時折人々の求めに応じて打っていたから、不足はなかった。  けれども今、私と赤殿が今から打とうとしている剣は、人を殺すための剣だ。だからこれはやはり、呪いなのだ。師らはこの結果を果たして認識していたのだろうか。人でなくなった師らにはおそらく、無関心なこの結果を。  そして私と赤殿は炉を作り、赤殿で剣を打った。赤殿は炉の中で赤紫色の気となった。赤殿は天帝ではなく、鬼神と自身を仲立ちしたのだろう。  私は師らのような刀剣師になりたかった。  けれども結局のところ、私は師らのような神剣を打つことはできなかったのだ。私の手元にある鬼神剣を眺め、私の覚悟を決めた。 補足) 甲骨文字や周礼(周の時代にかかれたよという体で書かれた戦国末(このころ)~漢代に成立されたとされる本)等に基づくこのころの神感の補足です。 当時考えられていた神概念は、名前は色々ありますが「帝」「自然神」「祖先神」です。 「帝」(周礼における天神):天帝で、宇宙、天候、自然現象を司り、災禍も司る。絶対神すぎて人間が関われるものではない。←この本の干将・莫邪剣 「自然神」(周礼における地祇):もっと身近で、農業とか恵みとかもっと身近なものを司る地域神的な存在。 「祖先神」(周礼における人鬼):先祖の霊(もともとは死霊)ですが、祟り神に近いかもしれない。←この本の干赤剣
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