6章 神剣の行方

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「その強い意思を打ち消すには湯で煮溶かしては如何でしょうか」 「煮溶かす?」 「はい。首検めのために持参しましたが、その用は済みました。先程も申しましたように土中に埋めても飛んでくるかもしれません。ですから湯で清め、煮溶かしましょう」  男の言葉は一つの方法のように思われた。この恨みの籠もった魄はそのままにしておけばやがて鬼になって災いをもたらすかもしれぬ。その姿かたちを全て失わせることは有効に思われた。  だからその兵に処理を任せることにした。なにせ他の兵が近づけば恐ろしい眼力でにらみ、歩を下がらせるのだ。だから万一があった場合に対処できそうなのは、その目を直視しても全く動じないこの眉間尺とい兵しかいなかった。  大鍋を引き出し、その中で首を煮る。  けれども干赤の首は三日三晩煮られたが、その姿を失うことはなかった。 「眉間尺よ、まだなのか!」 「王よ、申し訳有りません。まさかこのようなことになるとは」  干赤の首は溶けるどころかごろりごろりと湯の中から浮かび上がって顔を出し、わしを睨みつける始末だ。  干赤は干将・莫耶とともに三日三晩どころではない時間を神剣を打つ炉と向かい合っていた。配下の道士に聞けば、だから火では溶けぬのではないかと言う。その高温は煮えたぎる湯などの比ではなく、その火の精というものを身に受けているのかもしれぬと。 「困りました。よほど王が気になるご様子。いっその事お近くまで来られれば、王威を受けて静まるやもしれません」  眉間尺はそのように述べる。  あの首に近づく。それは酷く恐ろしかった。そして事態は悪化しているように見えた。火に交わる僅かな赤い気すら上げて始めたその首はこぽこぽと煮立つ釜の上に浮上し、わしの姿を遠目で追うのだ。 「王よ、これは首です。そして干将剣はすでに王の手元で厳重に隔離されております。まさに手も足も出ますまい。なに、私がそばで控えておりましょう」 「しかし……」 「これはこの干赤に死をもたらした剣です。これであれば王をお守りできぬことはありますまい」  その剣は、酷く赤く見えた。しかし目の前の干赤を殺した剣であれば、何かあっても討ち果たすだろう。  それに……王威。  思えば湛盧を始め呉の剣は楚に集まってくる。干将剣も今や手の内だ。これこそ神が中原の覇者は楚であると述べているようなものだ。  そして干赤の首を見下ろす。それは確かに恐ろしい形相でわしを睨みつけていたが……首だけだ。せいぜい万一、飛んで跳ねたとしても噛みつくくらいしかできまい。それに……それができるのであればもうやっているだろう。 「そうだな」
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