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朗らかな笑い声の先には目的地の採掘場が広がっていた。青い山肌に時折白い巨岩が露出した険しい山肌が続き、まさに外界とは一線を画した風景が広がっている。
鉄剣を打つには鉄が必要だ。神を宿すには最も優れた素材が必要だ。
師らはそのように述べ、現在、五山を巡っている。ここ華山は呉からは遠く離れた長安にほど近い山だ。良質の鉄重石、他には灰重石や錫が取れる。この次は洛陽近くの大室、そして首山、泰山、東菜と五山を巡って良鉄を収集する。そのようにしてまず、神を宿すための鉄を集めるのだ。
私は問うた。
「何故このように手間をかけるのです? 一箇所の鉄では駄目なのでしょうか」
「ふむ、確かに1箇所でも神の鉄足り得るだろう。しかし神剣とは中華遍くを太平に導くものである。だから中華の全てを巡り、その全ての神を下ろすのだ。見よ。山とは神そのものだ。その息吹の吹き込まれた様々な鉄を合わせることによってより強固な神の鉄が形作られる」
改めて、空を仰いだ。薄く青い空をこの山が切り取っている。あたかも神が住まう地に届くように。そして神が我々を見下ろしているかのように。
そこで私は気がついた。
山。山というものはそもそも神仙に至るものなのだ。天に近いほど神に近い。この華山を登る間にも多くの修行の道士と行き合った。修業によって神仙に至る尊き行いをする者たちだ。他の五山でもどうように修行を行っていると聞く。
これから作られる神剣は中華の未来を牽引するものだ。だから中華全土から神気を集める必要があるのだろうと腑に落ちた。そう思っていると二人の師が私を見て微笑んでいるのに気が付いた。
「やはりお前は飲み込みが早いな。連れてきた甲斐がある」
「そうね。あなたが私たちの技術を受け継ぐのよ」
師らは唐突にそう私を褒めた。
「からかわないでください」
私は未だ、剣の打ち方など知らずに等しい。ろくに槌を握ったこともなく、工場の端で資材をかき集めるだけの身にすぎない。
けれども師らの瞳は私の全てを見通すようだ。この神に近づく不思議な観念は静謐で清々しい山の気を吸い込んでいれば自然と感得できるのではないのだろうか。そう感じた。
私たちは随分長い時間を世界を廻ることに費やした。各地で石を手に取った。場所によって鉄は少しずつ違う。その世界や人が少しずつ異なるように、その重さであったり色合いであったりするけれど、様々に異なる世界の断片を目に納めた。そうして鉄の他にも六合から金英、つまり金、銀、銅、鉛、錫等を集めた。
キラキラと輝くたくさんの石。これこそが世界だ。
師たちが剣に降ろさねばならない遍く神々の姿である。
呉しか知らなかった私にとって、目から鱗が落ちた瞬間だった。目の前に現れた世界は2人の師のように力強く美しく、そして驚きに満ち、そしてそこには確かに何かが巡っていた。これが神気というものだろうか。
そうして再び呉に戻り着いた時、師らは炉を作る場所を探し求めた。
それは神を迎えるにふさわしい天地月日を伺う地、山々からこの世界のあらゆる根源が見下ろし、あたかも天の気が滝のように下降する地を見つけ、密かに鉄を作り始めたのだ。
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