2章 鋳鉄の果て

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 この呉越、楚の国は剣の名産地だ。  もともと中華の武器は矛を基礎としていた。何故なら中華の中心は平原だ。その戦闘は馬の牽く戦車と弓を基礎としている。  けれども呉越楚の南方の地は長江が広がり湖沼も多い。だから馬は使えず、畢竟歩兵での戦いとなる。  そしてこれまでの剣の中心は青銅を鋳型に溶かし込んで作る青銅剣だった。先端に隕鉄の刃をつけて研磨し尖らせたりはするが、基本は剣をそのまま鈍器として殴り落とし、人を屠る。  師らが作ろうとしている鉄でできた剣というものは未だ乏しい。何故なら、鉄は悪金と呼ばれ、武器には適さず主に農具等に使われていたからだ。鉄は硬いが脆く、武器としての使用に耐えない。  私もこれまで、そう思っていた。  けれども師らの作る鉄剣はどうだ。素晴らしいの一言だ。既存の鉄剣と異なり何物にも負けぬ強度と水のようにしなやかな靭性を有する。これまでの青銅剣とは一線を画するものに思えた。 「ではお前はこれが神の剣と感じるか。ただ、よく切れるだけの剣が」 「神の……剣。私にはそれがどのようなものかわかりませぬ」 「神の剣は一目でそれとわかるのだ。そこに神が生きている。例えば欧冶子の最後の剣、湛盧(たんろ)」  湛盧は干将の師である欧冶子の作。黒く澄んだ剣であるそうだ。太陽の精霊と気を持ち、抜けば神気が立ち登り、穿けば士気が高まり敵を打ち倒す。けれどもその主が陽の気に反する行い、つまり悪逆を行えばその持ち主から去るという。少し前まで闔閭が持っていたが、僚を騙し討ちにしたことからその身から離れ今は楚王の所にある。  そのように言われている。けれども私はそれを、信じてはいなかった。 「剣が自ら移動したとでもいうのですか」 「そうだ。ある日、楚王が目を覚ますと枕元に湛盧があったという。神剣とは通常の剣とは異なる存在だ。だから神剣は見れば、神とわかるものだ」 「神とわかる……。では欧冶子様はどのようにしてそれを作られたのでしょうか」  急に、炉の火が落ちたかのように師らは口を噤み、私は強い目で射抜かれた。口にして初めて気が付いた。それこそが秘術なのだ。軽々に教えられるものではない。恥じた。 「そういえばあの湛盧山もここのように神気で溢れていたわね」
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