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「おい、莫邪」
「いいのよ。どうせ同じでしょう? 父は母と私とともに、神剣を作る場所を探したのよ。それで見つけたのが閩江の奥の湛盧山よ。神鉄と聖水の湧き出る美しい場所だった」
懐かしむような莫邪師の瞳には、わずかの狂気がはらまれ、干将師も目を伏せた。
「莫邪師、私などがお伺いして宜しいのでしょうか」
「もちろんよ。あなたもこの神剣を打つのですから」
そう述べて莫邪師は炉を眺めた。確かにお二人が剣を打つために私はふいごを吹いているが、それが剣を打つといわれると烏滸がましいとしか思われない。莫邪師は干将師の瞳をじっと眺めた。お二人はこれまで、欧冶子が打つ神剣を私のように間近にみていたのだろう。未だ神剣を見たことがない私にはわからないものが、お二人にはわかるのだ。
「そうね。神鉄も聖水も神が人に授けたもの。その性質を変えるには人の助けが必要なのでしょう」
「人の助け、でしょうか」
莫耶師の美しい瞳が不意に陰る。
「父もあの時、上手く鉄が溶けなかった。剣というものは人が加工するものよ。石を熱し、形を整え道具とする。それは神の石でも同じこと。だからそこに神をとどまらせるには、人の手で成す必要がある。だから父と母は」
「莫邪。そこまでだ」
熱に浮かれたような莫邪師のその言葉尻は、干将師の冷泉のような言葉で傍と止まる。これまで見せたことのないその発音の柔らかさに驚いた。
「莫邪、未だその段階ではない。調査を継続しよう」
莫邪師は頷き、そうね、とだけ呟いた。
「あなたにはそのうち話すわ。だってあなたは私たちを継ぐのだから」
私は思わず目を見張った。それはこの旅が始まってからずっと聞きたかったことだった。
「あの、何故数ある弟子の中から私が選ばれたのでしょう。何の取り柄もない私が」
私は未だ見習いだ。剣を打つ以前だ。私より優れた弟子は工房に多くいた。
「お前は素直だからな。それに赤に一番年齢が近い。赤が困ったら助けてやってくれ」
ふぅ、と溜息が漏れた。
やはり、私は鍛冶としてここにいるわけではないのだな、そう思った。
私と赤殿は5歳ほどしか違わない。まだ少年の面持ちを残す赤殿は今は野山に遊びに出ていた。このあたりの子らと追いかけあってでもいるのだろう。
そして先程の石を再び溶かして鋳造した剣の切れ味は素晴らしく、他の剣に何ら劣るものではなかった。けれども確かに、神がそこに留まってはいるとの感慨はわかなかった。
そうしていつ終わるとも知れない仕事が今日も始まったのだ。
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