序章 神剣

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序章 神剣

雷華(らいか)様、大変です!」 「どうした。剣は見つかったか?」 「それどころじゃありませんよ! 川底に龍が二匹絡み合っております! これは吉兆でしょうか、凶兆でしょうか?」  そのまだ若い人夫の不安そうな声に困惑した。  ここはかつて呉越(ごえつ)と呼ばれた地域にある延平(えんぺい)(みなと)。今も多くの人で賑わっている。というか、私のせいで、余計に混み合っていた。申し訳ないことだ。  州の従事(役人)をしている私は丁度この渡し場で船を待っていたのだ。  ところが突然、腰に穿いていた剣が鞘から抜け出て川に落ちた。これは父の形見で、とても貴重な剣だ。だから慌てて人夫に命じて川底を探させた。  人夫の言葉に何を馬鹿なと桟から身を乗り出して水面を眺めれば、水底から輪のような光がふわふわと立ち上っていた。実に不思議な光景だと驚けば突然波がざわめき間欠泉のように沸き上がってふっと神秘的な光が天まで届き、そのあと水が引いてしんと静かになった。  私も人夫も、そして周囲の誰もが戸惑いしばらく身じろぎもせず様子を窺っていたが、再び水面が盛り上がることはなかった。小一時間ほど後、嫌がる人夫に命じて再び潜らせた。  けれども、そこにはすでに剣も龍も姿は見当たらなかった。  先程の様子を思い出し、私は得心した。 「これが『離れがたきが合わさり化して去る』というやつか。なるほど」 「雷華様、それは何のことです?」  従者が不思議そうに尋ねる。 「凶兆でも吉兆でもなく、自然のことわりだったということだ」 「あれが? 自然なんですかい?」  人夫はぽかんと口を開けている。  もうあの剣は私の手には戻らない。それを自然と理解した。いや、そもそも私は預かっていただけだったのだ。偉大だった父を思い出す。  舟が来るまではまだ時間がかかる。水底を探したために、本来乗るはずの舟を乗り過ごしてしまった。 「そうだな、手持無沙汰に面白い話をしてやろう。私の父は天文博士だったんだ」
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