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後日
数日後。
「高橋さんは残念でしたね」
取材先のお土産を手に、神崎さんが話しかけてきた。
高橋さんはあれから連絡がつかず、失踪したままだ。
「まだ死んだって決まったわけじゃ」
「この世にいる気配がしません」
神崎さんはぴしゃりと言った。
「先輩まで巻き込まれなくてよかった。
私のお札と、小指のおかげですね」
僕はじっと小指を見る。何の変哲もない小指だが、神崎さんにはこれが根元から真っ黒な指に見えているらしい。「鬼神の指」だと彼女は呼んでいる。
僕は生まれた時、左手の指が4本しかなかった。嘆き悲しむ母にどこからともなく「指が欲しいか」と声がかかり、「ください」と言ったら次の瞬間には僕の左手に小指が生えていた。
以来、危ないところに行くとぴりぴり痛んで危険を知らせてくれて、お守り代わりになっている。
「あそこにはきっと、飢えた神様がいたんです。感染症のとばっちりで、ほったらかしにされて弱ってたところに先輩たちが現れた。
おばさんに化けて、話をして、名前を手に入れた。
きっとあの中で高橋さんも呼びかけられたんですよ。名前を呼ばれて、返事をしてしまったんでしょうね」
「……確かに『たなかさん』って声には嫌な響きがありました」
「言霊ってありますからね。
山神さまが相手の名前を入手して、自分の縄張り内で呼べば魂を縛ることができたでしょう。
先輩が本名の名刺を渡してて、穴の中での呼びかけに返事したらアウトだったでしょうね」
「……」
神崎さんは涼しい顔でそんなことを言う。
「アウト」になったその先は考えたくもない。
頭の中に、あの日名刺を見た光景が残っていて、しばらく消えてくれなかった。
今もあの中に名刺は残っているのだろうか。
もう消化されてしまったかもしれない。
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