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捜索
十五分かけて山を登り、僕は再び、頂上の草地にたどり着いた。もう山は闇の中だ。スマホの明かりをあちこちに向けるが、人がいる気配はない。途中、誰にも会わなかった。ここにいるはずなのに。
「高橋さーん」
返事はない。
それに、さっき出くわしたおばさんもいない。「観光ですか?」と聞いてきた彼女自身がここにいた目的はなんだったんだろう。散歩だろうか。あれからずいぶん経ったのに姿を見ていない。
「……」
空気が冷えていく。すっかり夜に包み込まれている。
静まり返った山の雰囲気が、別世界にいるように感じられて、僕は「来るんじゃなかった」と思った。携帯も圏外になっている。
こういう空気には覚えがある。人でないものがうろつく場所の空気。
小指がジンジンと痛む。
同じように見える景色の中、どうにかさっきの神の口までたどりつく。
パッと見は、さっきと変わらないように見えたけれど、照らした時に違和感があった。
注連縄が落ちていた。一部が平たくなり、踏まれた跡がある。
注連縄が結ばれていた、片方の杭が抜けて転がっている。
『じゃあ行こうと思えばこっちが近道なんですね』
そうしゃべっていた高橋さんの声が頭によみがえった。
あの人、ここに入ったんだろうか。
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