発見

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発見

「ちょっとあなた、山神さんに登ったの?」  声のする方を向いて僕は驚いた。さっきのおばさんだ。だが、服装と雰囲気がまるで違う。長袖のチェックのシャツにジーパン姿だ。声も大きい。 「危ないよー! 立ち入り禁止って書いてあったでしょ」  指し示す方を向くと、外灯の下、遊歩道の入り口が照らされていた。そこにはロープが張ってあった。黄色と黒をより合わせたトラロープ。「危険、立ち入り禁止」と手作りの看板まで差してある。古びたそれに、蜘蛛の巣がくっついていた。 「すみません、さっきはこんなものなかったんですけど……」 「なに言ってるの、これ五年前からつけてるのよ」  おばさんは不審そうな顔で僕を見る。 「あの、本当なんです。来た時はロープがなくて……そうだ、このあたりで連れを見ませんでしたか?   僕の他にもう一人いたんですけど。大きなリュックを背負ってメガネをかけた40代後半の男性で……一度山を下りてから、忘れ物したってまた戻ったんです」  僕の真剣な表情で、おばさんはだんだん本気で言ってると信じだしたようだ。「ごめん、見てないわ」と申し訳なさそうに言う。 「前はそこを通る行事もあったのよ。『子供の邪気を払ってくれる』って。町内会の皆で上の草取りもしてたんだけど、感染症が流行ってなくなってね。危ないから立ち入り禁止にしたのよ」 「そうなんですか……」 「案外、その人もう帰っちゃったんじゃない? 電話してみたら? このへんは電波通じるから」  じゃあね、とおばさんは通り過ぎた。関わりたくないようでもあった。  スマホを見ると、何十件も着信があった。会社からだ。かけ直す。 「はい、こちら永明(えいめい)社、『怪談噺』編集部で……って、先輩ですね?」  神崎さんの声が、よそ行きから一気にトーンが下がって低くなった。 「また危ないところに行きましたね? 小指の警告も聞かずに」 「それが、高橋さんとはぐれちゃって……会社に連絡とか来てないよね?」  神崎さんは少し黙った。 「……来てないです。先輩、いいから早く会社に戻ってきてください。皆でお清めの準備しておきます」  電話が切れた。相変わらず、こちらの頭の中身をのぞいているように話をする後輩だ。  僕は最後に、出口へと向かった。さっき出てきたはずなのに、信じられないほど草が生い茂って荒れていた。僕が出た跡もなく、草はまっすぐ伸びていた。 ――案外、別なルートがあったか何かで、高橋さんは本当に帰ってしまったのかもしれない。「先に帰ってろ」の言葉通り。今ごろ居酒屋で飲んでいるかもしれない。『怪談噺』編集部の皆の悪口を、昔の仲間に話しているんじゃないか……。  草を手でどけて、中をスマホのライトで照らした。  ほんの1メートル先、濡れた石の上に、紙切れのようなものが落ちている。表面にうっすら土がついて、指紋の跡が残っていた。  かろうじて文字は読めた。  高橋さんの名刺だった。
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