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父との口論の後、こっそりと逃げ出そうとしたけれどそれはできなかった。 なぜなら、侍女のミウが腕まくりをして私が執務室から出てくるのを待ち構えていたからだ。 「お嬢様、準備をしましょうか」 そう言ってにっこりと笑うミウの様子に、前々から知っていたことを何となく察する。 きっと逃げると父は思ったのだろう。間違いはない。 実際に逃げる方法を考えていたし。 「知っていたのね!?」 「さあ、どうでしょう?」 私は逃げようと反復横跳びをして気配を伺うけれど、ミウの方が運動神経が良かった。 「さあ!無駄な抵抗はやめてください」 悪質タックルよろしくの状態で私は無様にミウに捕獲されてしまった。 「覚えてなさい!」 「さあ!行きますよ!」 文字通り首根っこを掴まれて私は無理やり着飾ることになった。 もちろん、私は抵抗した。しかし、ミウには意味がなかった。 夜会に行くような気合の入れ具合で服を選ぼうとしはじめたので、酷いけどそこまで酷くないコーディネートを自分でする事にした。 これじゃなきゃ行かない。と、脅しをかけてだが。 「うん、淑女は無理でも熟女にはなれそうな気がするわ」 私は鏡の前でくるりと回った。 今回のコーディネートのタイトルは「ザ地味」だ。 薄ぼんやりしたブラウンの髪の毛と緑色の瞳が溶け込むようにブラウンのドレスを選んだ。 アクセサリーはなしだ。必要ない。その辺に生えてる草を首に巻いてネックレスだと開き直ってもいい気がする。 やったら怒られそうな気がするけれど。 「あの、もう少し着飾ったらどうでしょうか?」 ミウがそう言いながら、ネックレスを取り出して私につけようとしてきた。が、私は必要ないと言ってそれを止めた。 「時間がないのよ。全裸で対応しないだけマシよ」 「……全裸って」 「文句ある?」 何か言いたげなミウを睨みつけると、父に加担した事への後ろめたさがあるのか目を逸らした。 「いいえ、何でも」 「面倒な事はサクッと終わらせるのよ!」 この顔合わせもお互いに望みもしない結婚も面倒で仕方ない事だ。 しかし、貴族という立場上それを我慢して受け入れるしかないのだ。 自分達がいい生活ができるのはそのためなのだから。 自分一人の命で領民全てが救われるのなら、喜んで命を差し出す。 貴族はそういうものだと私は思っている。 「面倒なことって、結婚相手に失礼なのでは?」 確かにミウの言う通りだ。 しかし、おそらく相手方も同じことを考えているに決まっている。 なぜなら、身売りのような形での結婚にしか見えないから。どう考えても彼が望んでいるようには思えない。 それに、こんな形で婚約を勝手に決めてしまう父に私は怒りを覚えていた。 向こうだって無礼な態度を取るはずだ。我慢せずに好き勝手やってもバチは当たらないはずだ。 何ならあっちのメンタルをゴリゴリ削ってやってもいい気がする。 ギリギリ無礼に当たらない対応を心がけよう。 「騙し討ちする、じじ……いえ、クソお父様がいけないのよ」 「言葉が悪くなってます」 言葉が悪くなりそうなのを慌てて言い直すと、ミウは呆れた様子でため息を吐いた。 アバンは予定時刻きっかりにやってきた。 私は、熟女……、もとい。淑女の笑みを浮かべて彼を応接室で待っていた。 「はじめまして」 にっこりと笑い挨拶をすると、アバンは気まずそうに頬を掻いた。 「いや、『はじめまして』ではないんだがな」 学園内で顔を見ることはあっても、お互いに自己紹介などした記憶はない。 そもそも彼とは学年が違うので滅多に顔を見ることはなかった。 メロディとは学年が同じだけれど、彼女と話した記憶もほとんどない。 記憶を掘り起こすけれど、やはり、学園では彼と話したことなど一度もなかった気がする。 お茶会や夜会でも同じだ。なぜなら、彼はいつもメロディと一緒にいて他人には興味がなさそうだったから。 必然的にみんなが距離をとっていた気がする。もちろん私も。 二人に憧れていた。だからこそ、この話に少し腹が立っていた。 二人の愛は本物だと思っていたから、少しだけ裏切られたような気分なのだ。 「あら、そうでしたか?お話ししたのははじめてだと思うのですが、それに、学園では貴方はいつもメロディ様の事しか見ていないので他の女子生徒の事など認知していないと思ってました」 するりと思ったことを口にすると、アバンは引き攣った顔で私を見た。 先制攻撃としてはいいものを彼に与えることが出来た気がする。舐められたらたまったもんじゃない。 今後もこの男とは付き合いが続くのだ。おっかない女だと思わせておいた方が結婚後の生活もこちらが優位になれる気がする。 メロディを優先させるのは勝手だが、私の事を軽く扱われるのは腹立たしい。 「君は僕のことを何だと思っているんだ」 「私にはそう見えましたけど」 私はアバンを鼻で笑った。 「……そう思われる行動を取り続けた自分に非があるな、今後は気をつける。君には誠実でありたいから」 アバンの素直な反応に私は思わず椅子から滑り落ちそうになった。 そういえばアバンは高位貴族だからといって傲慢な性格ではなかった気がする。 ただ、メロディの事しか見ていないから忘れてしまっていたけれど。 「その、リイスさんと呼んでも?」 言いにくそうに確認を取る姿に勝手にすればいいのに。と、私は思った。 「ええ、どうぞ。断る事などできない立場ですから」 「……僕のことはアバンと呼んでもらえれば」 「承知しました」 私の嫌味ったらしい言葉にアバンは挫ける様子もなく、名前で呼ぶように言うので私は取り繕うのをやめた。 猫を被ったところでなんの意味もないし。 アバンに嫌われてもいいと思っている。 「ところで、なぜ、こんな気の狂ったような縁談話を持ち出してきたんですか?」
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