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「ゴホッ、君は……!」
アバンは私の言葉のリバーブローを食らって咳き込んだ。
「破棄確定の婚約ですよね?」
「結婚を前提とした婚約のつもりだが」
畳み掛けるような質問に、アバンは『結婚を前提とした婚約』という謎の言葉を吐いた。
破棄するための婚約ではない事に私は衝撃を受けた。
「それでは、白い結婚の後に離婚予定でしょうか?」
「そ、そんなに僕との結婚が嫌なの?」
トドメのアッパーにアバンは顔色を無くしていた。
自分との結婚を私が喜ぶと思っていたのかもしれない。
確かに、彼はとても外見はいい。性格も悪くないし、話をしていても誠実さを感じるし、好感は持てた。
だけど、問題が山積みなのだ。
隠してはいないけれど、アバンとメロディは付き合っている。彼女を納得させて別れるなんて難しい事だと私は思うのだ。
それに、二人は同じ屋敷に住んでいる。
私たちが結婚したとしてメロディはどうするつもりなのだろうか。
もしかして、囲うつもりなのだろうか。
そんなことしたら頭の毛が二度と生えなくなるくらい頭をぶん殴ってやるつもりだが。
「……うまくいかないことが確定している結婚を誰がしたがりますか?」
「君のことを大切にする。僕のことを愛してくれなくても誠実な夫でいるつもりだ」
言外にメロディの事を含ませるけれど、アバンはそれには答えない。
まるで、彼女の事など目に入っていないかのように。
「それ、メロディさんに面と向かって言えますか?」
「メロディとは何もない。確かに距離は近かったと思うが、妹としてしか見ていない」
メロディとのことは終わったかのように言い出すアバンに私は唖然とする。
恋心すら無くなったかのような口調に、明日は我が身のように思えてきたのだ。
何かきっかけがあれば切り捨てられる。
「彼女と結婚するつもりだったのでしょう?」
「両親が、いや、母がそのつもりだった」
自分の意志ではなかったと言い訳めいた台詞に私は苛立ちを覚えた。
「やはりそうだったのではないですか!」
「ブルーノ家は今のところ没落することはないだろう。しかし、どうなるかわからない。メロディには侯爵夫人は務まらない」
アバンの考えにスッと冷静さを取り戻した。
貴族のアバンは目先のことよりも、もっと先のことを考えた。
確かに彼は誠実だ。家のために恋人を切り捨てようとしている。
しかし、その選択をいつか後悔するかもしれない。
「なるほど、貴族としての立場を考えての結婚ということですね」
「それだけではないが、君に話しても理解はしてくれないだろう」
「……」
含みのある言い方に私は思わずアバンを睨みつけた。
自分の気持ちを無視して受け入れる覚悟を彼はしている。
うまくいかないとわかりきっている。
アバンもしているのだから、私も同じようにそれを受け入れるしかないだろう。
ほとぼりが覚めたら家に帰ればいいだけだ。
「あと、知っていると思うが、僕とメロディは一緒の屋敷に住んでいる。だけど、彼女には寮に入ってもらった」
どうやら、アバンは最低限の身辺整理はしてくれたようだ。
彼の誠実さは信じる事にしようと私は思った。
顔合わせをサクッと終わらせた数日後、私は学園でアバンとメロディの事について探りを入れる事にした。
探りといっても聞ける相手は、数人しかいないけれど。
私はとりあえず一番仲のいい友人のルチェ・フルに手っ取り早く話を聞く事にした。
「おはよう」
「おはよう」
「ねえ、アバン様とメロディ嬢のこ……」
前振りも面倒だったので、ズバッと本題を出すとルチェは大慌てで私の口を塞いだ。
「しーっ!それ口に出したらダメなやつ!」
ルチェの勢いは鬼気迫っていて、絶対に言ってはいけない事を私が言い出した時のような勢いだ。
まるで、私がハゲの教諭に面と向かって「ハゲ野郎」と言う寸前で止められた時と同じだ。
その様子から、この二人の関係が微妙なものになっていた事を知る。
「後から言うわ」
「う、うん」
知りたくない事を知るような、そんな微妙な気分で私は昼食の時間まで授業を受けた。
そして、昼食の時間になった。
私とルチェは人気のない裏庭で食事をとる事にした。
ルチェは、周囲をかなりくまなく見回すとようやく口を開いた。
「アバン様とメロディ嬢が別れたみたい。人前で話す内容じゃなかったからここで話すけど。学園では禁句だからね」
「へっ?」
「全然気が付かなかったの?空気読んでよ」
ルチェの口調から相当な事があったのだろうと察する。
「メロディ嬢がアバン様の屋敷から追い出されたみたいで今は寮にいるみたいよ」
「へーっ、そうなんだ」
私は若干だが棒読みになりながらも適当に相槌を打った。
アバンの言う通りちゃんとしたけじめはつけたようだ。
追い出した。とは、穏やかなものではないけれど、本当の意味でそれをしたらメロディはこの学園から去らないといけなくなるので良心的な対応だと私は思った。
王立学園というだけあってこの学園の学費は高い。
没落した平民のメロディにそれを支払うことはできない。
おそらくアバンの両親がそれをしているのだろう。
まあ、私には関係のないことではあるけれど。
「アバン様が心変わりしたみたいよ」
「へぇ」
私と結婚する気になったのだから、心変わりしたといえばその通りかもしれない。
「だからね、二人の親衛隊がピリピリしてるの」
二人の親衛隊という言葉に背筋がぞくりとした。
アバンとメロディの事を応援している人はかなりいる。
それで、トラブルになった話をたまに聞く事もあった。
「なんで?」
「推しのカップル以外認められないんじゃないの?身勝手よね。二人とも感情があるんだから。好きじゃなくなったとしても仕方なくない?永遠なんて言葉はないのよ」
ルチェの言葉に少しだけ胸が痛む。私も親衛隊と同じような考えをアバンに押し付けていたからだ。
「辛辣ね」
「まあ、あまりいい印象がないからね」
二人のためと言ってトラブルを起こすのは良くない事だ。ルチェが悪感情を持つ気持ちもわかった。
アバンもこの空気がもしかしたら苦手だったのかもしれない。
「そっか」
「それにしてもアバン様と結婚する人はとても苦労するでしょうね」
「同感」
苦笑い混じりにそう話すルチェに、実はそれが私です。とは言えなかった。
隠すことはできないから、いつか自分から伝えないといけないと考えながらアバンに対して少しだけ申し訳なくなっていた。
「なんの話してるの?」
突然、頭上から声をかけられて私は見上げた。
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ルチェ・フル
フ○ーチェです
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