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声をかけてきたのは、オウデン・デンだ。 彼は平民だが何かと話が合う。 黒色の髪の毛と瞳をしていて、どこかエキゾチックな雰囲気がある。 しかし、性格は人懐っこい犬のようだ。 「アバン様とメロディ嬢が別れたって話をしているの」 ルチェが簡単な説明をすると、オウデンは「ああ、なるほど」と呟いた。 「最近、確かにべったりではないんだよな。アバン様が距離取りたがってる感じだったんだけど、そういうことだったのか」 オウデンは二人の余所余所しさにどうやら気がついていたようだ。 自分よりもこういった細やかな事に気がつくオウデンに、なぜか負けたような気分になってくる。 知らない間にこんな事になっていたなんて、もう少し周囲に興味を持つべきだったかもしれない。 「へ、へぇ、そうなんだ」 全く気が付かなかった事に後ろめたさを感じていると、オウデンはクスリと笑った。 「まあ、アバン様と結婚する人は苦労するだろうな」 「ね、気の毒」 オウデンとルチェは他人事のようにくすくすと笑っている。 他人事だから仕方ないのかもしれないけれど、苦労するのが私なのでなんだか嫌な気分になってきた。 「笑いすぎじゃない?」 「泥沼が待ってそうで楽しみだろう?」 「そうね」 二人が考えている通り修羅場は確実にやってくるだろう。 もしも、私がアバンの婚約者だと知ったら二人は他人事だからと面白がるのだろうか。それとも、心から心配してくれるのだろうか。 想像ができない。 「最低ね。二人とも」 ようやくそれだけ言うと私は二人から目を逸らした。 「リイスは、いい加減そうに見えて真面目だからそういうの面白がらないもんね。ごめん」 オウデンは謝るけれど慰められた気分にはならなかった。 『いい加減そうに見えて』とは、どういう事なのだろうか、私は無意識にオウデンの胸ぐらを掴んでいた。 「いい加減そうに見えてってどういう事よ!」 「そういう所だよ!」 オウデンは呆れた様子でそう突っ込んできた。 授業を終えてルチェとオウデンとしばらく話した後に、屋敷に帰るとなぜかアバンが待っていた。 応接室でさも当然のようにお茶を飲む姿に、私は「お前、何しにきたんだ」と詰め寄りたくなった。 しかし、淑女を目指す私はそんなことは絶対にしない。 「何しにきたんですか?おい」 寛いでるんじゃねぇよ。と、言いたくなる気持ちを抑えて問いかけるとアバンは言いにくそうに口を開いた。 「先日はちゃんと話し合っていなかったから、細かい事を詰めて話そうと思って」 私はアバンが何を話しているのか理解できなかった。 勝手に決まったことをつめて話す必要なんてないはずだ。 それに、離婚するのは自分の中では勝手に確定している。 「離婚前提の婚約なんてつめて話す必要ありますか?」 「まだ、それを言っているのか?」 アバンは呆れた様子だった。しかし、信じられないのだから仕方ない。 婚約したというのに学園での接触はなかった。 声をかけられなくて安堵したけれど、私のことなどどうでもいいから放置していたようにもとれた。 それは、わがままだとは思うけれど。 「信じられませんから」 「そうか」 不信の言葉にアバンは傷ついた様子もなく曖昧な返事をした。 なんだか、神経を逆撫でされているような気分だ。 「で、何を話し合うんですか?人の気持ちを無視して勝手に決めた婚約なのに、今更意見なんて聞くんですか?」 口から出た言葉は嫌味もいい所だった。 八つ当たりをするなら彼にではなく、父にするべきだとわかっているのに。 言ってから後悔した。メロディならもっと可愛く拗ねたかもしれない。 どれだけ、努力しても私はメロディにはなれない。 だから、彼との生活はうまくいかない気がするのだ。 「話すことは婚約の発表をいつにするかだ」 アバンは私の嫌味を気にした様子もなく本題に入った。 政略結婚は珍しくないものの数は減ってきている。 わざわざ、婚約したと言わずに結婚した貴族も少なくない。 メロディがいるのにわざわざ婚約したと周囲に知らせて、針の筵になるのは嫌だった。 「私が学園を卒業してからでいいんじゃないですか?そもそもする必要はありますか?」 婚約発表もなく卒業と同時に結婚しても別にいいのではと私は考えていた。 ひっそりと結婚して、ひっそりと離婚する。これが一番お互いに痛手はない気がする。 「婚約発表をしないと、メロディと距離を取れないんだ。だけど、早く発表するとそれはそれで厄介なことになりそうで」 「なるほど」 「結婚はできないとは伝えたが、長年そのつもりだったから彼女も受け入れられなくて今は納得できるように話をしている途中だ」 確かに信じていたものがある日突然、覆されたらそれを受け入れるのには時間がかかる。 今まで通りにメロディはアバンに接しているのかもしれない。 「できれば、君も周囲の人間の整理をしたほうがいい」 やましいことも後ろ暗いこともないのに、アバンのその物言いは少しばかり不愉快だった。 「どういう意味ですか?」 「友人には先に伝えたほうがいい。こういう事で人間関係が躓くことは多いから。事後報告だけはやめておくんだぞ」 苛立ち混じりの問いかけに、アバンは笑って答えた。 本来なら誰にも漏らしてはいけない事だが、私の大切な友人には話していい。と言ってくれるのは彼なりの優しさなのだろう。 どうやら彼なりに気を回してくれてわざわざ話し合いに来てくれたようだ。 「メロディさんにはどのようにお伝えしたんですか?」
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