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嫌な予感はしていた。
いつもは放任で私に期待なんてしていない父親が、突然呼び出したから何かあるだろうと思っていたけれど。
「リイスお前に婚約者ができた。名前はアバン・ブルーノだ」
執務室に入り挨拶もそこそこに、父は突然そんな事を言い出す。
それがあまりにも信じられない事だったので、私は自分の耳がおかしくなったのかと思いかけた。
アバン・ブルーノは、私よりも一つ年上で王立学園でとても有名人だ。
銀色の髪の毛と青い瞳はまるで氷の彫刻のように、均一で美しく女子生徒から人気だ。
そして、彼とは別にもう一人有名な生徒がいる。
問題はそこにあった。
「正気ですか?」
「そこまで言うか」
思わず出た言葉に、父はなんとも言えない顔をして私を見ていた。
もう一人有名な生徒は女子で、名前はメロディだ。
彼女はアバンの幼馴染でもあり恋人だった。
二人は運命の赤い糸で結ばれている。二人の愛は真実の愛。
と、生徒の中では言われていた。
アバンは、侯爵家の跡取りで、メロディは没落したけれど伯爵家の娘だ。
金が有り余ってるから爵位を買ったうちとは、生まれが違う。
それに、結婚するにしても身分が違いすぎる。
私の家は男爵だ。
「だ、だって、うちって資産家だけど爵位なんて買ったようなものだし……、平民とさほど変わらないじゃないですかブルーノ家とはつりあいません」
「まあ、そうだな」
アバンと自分がつり合わないという言い訳めいた言葉に、父は苦笑いを浮かべる。
父は、子供に期待はしていないけれど基本的に甘い。
嫌だと強く訴えればなしにしてくれるような気がした。
「なんで、私が婚約するんですか!」
「仕方ないだろう。年齢的にお前が一番つりあってるから」
「つまり、私の家の誰かと婚姻をさせたい。という事ですか?だったら弟のカミュがいるじゃないですか!」
「カミュは、男だろ」
「女装すればギリいけるはずです!」
「いや、無理だ!」
おそらくこの婚姻は彼方からの打診があったから受けたのだろう。
それならと割り切る事はできる。しかし、うまくいかないと分かりきっている結婚なんて誰が喜んでしたいと思うだろうか。
「政略結婚ですか?」
「まあ、そうなるな。諦めろ」
「なんでブルーノ家のアバン様となんですか!」
私との婚姻でブルーノとメロディの仲は確実に引き裂かれることになる。
私は二人の関係に少なからず憧れていた。
憧れという感情を抜きにしても二人の仲に割って入る事に抵抗と罪悪感がある。
「嫌なのか?」
「嫌もなにも、彼には恋人がいるんですよ!それを引き裂いてまでする。この婚約に何のメリットがあるんですか!彼方は私の家と縁を結ぶ必要性はないはずです」
私にはこの婚姻をするほどのメリットなどないと思っていた。
ブルーノ家は私の家ほどではないにしても裕福だ。
豊かな海沿いの領地と運輸業を営んでいる。
過去に一度あったけれど、それをカバーして上手に立ち回ったのは記憶に新しかった。
「……ブルーノ家は、前に船で事故を起こしているな」
父は過去のことを持ち出してきた。
それは、一年前の事だ。突然の時化で船が転覆した。
保険が降りたのでそこまでの痛手にはならなかったらしいが、それなりに痛手にはなったかもしれない。
「ええ、そうですね。積み荷がダメになって、だけど乗組員は無事だったそうですね」
「借金ではないが少し経営が大変らしい。大きな船を失ったからな。資金援助をしてほしいと頼まれた」
「だったらすればいいじゃないですか。結婚とは関係なしに」
ブルーノ家は誠実で有名だ。資金援助をしたとしてもお金の返済は何があってもきっちりとするように私には思えた。
「資金援助の時に、お前との婚約を持ち出してきた」
「なぜ?ブルーノ家は誠実ですし踏み倒す事はしないでしょう?」
「まあ、強いて言うなら誠実すぎるからお前との婚約が決まったんだ」
「意味がわかりません」
「この婚約でコーラル家も上位貴族との繋がりも持てるしメリットがあるんだ」
「なるほど、そのための政略結婚ですか」
それを言われると確かに私の家にもメリットはあるように思えた。
しかし、二人の仲を引き裂いた。と、上位貴族から白い目で見られることだって十分にあるのだ。
「お断りします!」
私の断りの言葉に父は悪いことを今にも言い出し方な、嫌な笑みを浮かべる。
「無理なのはわかっているだろう。嫌なら白い結婚で戻って来ればいい」
「出戻りすすめてくる親がどこにいるっていうんですか!」
さらっととんでもないことを言い出す父に私は思わず叫んでいた。
先の事は不安しかなかった。
さらに、父は爆弾を落としてきた。
「あ、今から、アバン君がやってくるからそのように」
「はぁあ!?」
やはり淑女にはなれない。そう思いながら大慌てで私は逃げる方法を考え始めた。
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