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おめざめ。なのー!1
【1】
ぼくの家は『3階建て』のシェアハウス。何度も塗り直した白っぽい壁に『宿泊純喫茶 万葉』と看板が付いてるけど、『ふしぎ文字』で書いてあるから、ぼくには読めない。「元々小さなカフェだった」というのは寮母さんから聞いているけど……。『カフェ』がわからないんだ。なんだろう?
ええと。ぼくの部屋は3階にあるんだ。共用の洗面台、シャワー、トイレの奥に小さな『ドミトリー』が4つあってね。ぼくの部屋は『102』って書いてあるとこだよ。窓が無いから外の景色は見られないけど。それぞれの壁は薄いから、音は筒抜け。
そうそう。『ドミトリー』にはドアが無いんだ。仕切りの垂れ幕がドアの代わり。垂れ幕を上げて、くぐり抜けたらぼくの部屋!
お布団を敷いたら、他には何も置けない。ここはぼくだけの小さな部屋で、ぼくだけの『ひみつきち』。ぼくは、ずっとこの部屋で過ごしてきたんだ。
あれ。けど……ぼく。いつ『シェアハウス』に戻ってきたんだろう? 昨日はお星様を見て、それから少し寄り道して……。ううんと。シャワーを浴びたのは覚えているんだけど。
(疲れちゃって、全然覚えてないや)
ちゅん。ちゅん。鳥のさえずりまでぼくを起こしに来ている。お外の鳥さん。今日も元気そうだね。
ぼくの部屋には窓が無い。
けど、壁は薄いから……。お外の鳥さん。ぴぴぴと鳴いてる。元気そうなのが伝わってくるよ。
「ふぁあ……」ぼくのあくびがとまらない。疲れて深い眠りについたはずなのに、まだまだ。ぼくの身体は睡眠を取りたくて仕方ない。ぺたんこでかたいお布団でも、それなりに眠れるから……。
少し歩くだけでも、ギイと床が軋むくらいボロボロのおうち。けど、ふしぎなことに『電気』が通っている。『ボタン1つ』で、シャワーや灯り、洗濯機が使えるのは便利だけど……。
(その他が不便だから……)
『電気』の便利さは、まだよくわからない。ぼくが産まれたときからずっと『電気』があったから……。
ぼくは、うっすら電気が灯る階段を降りていた。少し不気味で怖くて、寝ぼけたままだと、スルリとお尻から滑ってしまいそう……。けど、ぼくはそんなウッカリはやらない。1歩ずつ丁寧に階段を降りていくんだ……。
ちょっと前までは、誰かのシャワーの音や、洗濯機をまわす音が聴こえてきたんだけど。
「……」
今はなにもなくて。しんとしている。
薄い壁の向こうから、誰の声も聴こえない。しんと静まりかえったまま。
「おはよう」なんて言っても、返事なんてない。
(おなか、すいた……)
ギィと軋む階段を下りて、ぼくは朝食を取ることにした。朝食は1階のフリースペースに用意があるんだ。
1階が『カフェ』として使われていた場所。4人くらいが座れる小さなカウンターと、4人用のテーブル席。寮母さんが手入れをしているから、テーブルはいつでもぴかぴか。
「はー……」
ぼくは小さなカウンター席に腰をおろした。
ぎゅるる。お腹の音がおっきい! ぼく一人しかいないけど、すごく響いちゃった!
「おなかすいた」
目の前には小さなお鍋。スープが少しだけ残っている。カスカスで、メインの具材がすっかり無くなってしまったようにも見えるけど……ちがうんだ。
ぼくはここで『手紙』に気づいた。
『ルルヤくん。お野菜スープ。少なくてごめんね』
寮母さんからの手紙だった。
(また、ぼくのために……)
ぼくは、丸い深皿にスープを移し替えた。
「ごく……。んぐ」
寮母さんが作った『野菜スープ』を、ゆっくりと噛み締める。「はぅ……」少しぬるくなったスープだけど、ぼくの小さな胃が満たされていくよ。痩せた野菜の薄いスープでも、ぼくにとってはごちそうだから。
町での野菜は貴重品。薬漬けでまずーくしたお弁当なんか。ほんとは食べたくないし。
「ふぅ……」
ご飯は済ませた。顔も洗った。歯磨きをしたらお出かけができる。
「はー……」
お腹が少し満たされて、ぼくは至福のひとときを過ごす。
「ごちそうさまでした」
食器洗いは寮母さんの仕事だ。けど。ぼく。そのままにするのは好きじゃないから……。
「ふふっ」
会ったことのない『2代目』の寮母さん。ぼくはそのひとのために食器をきれいに洗っておく。
(ぼくのために、無理して野菜を探してくれるから……少しは……ね)
カチャ。誰もいないから、音が余計に響いてく!
(今日はどこに行こうかな?)
そんなことを考えながら、ぼくは食器を洗う。
今日は『寺子屋』の授業が無い日。だけど、『シェアハウス』でずーっと寝ていることは許されない。寮母さんのお掃除があるから。
ーーそうだ!
『ひみつのばしょ』でのんびりしよう。昨日もあそこで星を見た。
ざわざわ。ぴりぴりは嫌いだから。
しんと静かなあそこがいい。
ーー今日の予定は『ひみつのばしょ』
けってい!
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