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おめざめ。なのー!5
【6】
気づけば朝になっていた。
今日は『寺子屋』の日だから、しーちゃんには会いにいけない。
「はー……あっ!」
ぼくは鞄に教科書と、本を詰め込んだ。まだ時間はある。歯を磨いて、ご飯を食べて……昨日の服を『洗濯機』から取り出して……。あ! 誰かがぼくの着替えを畳んでくれたみたい。ぼくのロッカーに昨日の服が入ってる。『寮母』さんかな? あまり会わないけど、ありがとう。
1階の共用スペースには、『寮母』さんが作ったご飯が置いてある。
(また、ぼくのために……)
ぼくがいる『もんのそと』は、お米や野菜といった食べ物がすべて貴重なものだから……。『もんのむこう』製のマズいお弁当を避けるには、自力で食べ物を探さないといけない。
『ルルヤくん。ごめんね。お米と、お豆少しだけしか手に入らなくて』
『寮母』さんからのお手紙で、胸がぎゅぅと苦しくなった。
(……)
ぼくは黙々とご飯を食べた。残せない。残したくない。
(……寮母さん)
ぼんやりしちゃって、味なんかわからない。
他の子がくる気配もなく、寂しい朝ごはんだった。
「……」
準備ができたところで、出発。
ぱたぱた。シェアハウスから少し西にある『寺子屋』では、ぼく以外に5にんのクラスメイトがいる。ぼくと同じ『純血』がひとり。あとの子は……どこからか避難をしてきた『よそもの』。みんな。一緒にいるけど、ほとんどしゃべらない。
「エエ。キョウはす、うガク……イチジ関数ヲ」
機械音声の『先生』と、『プロジェクター』から映し出される映像。ぼくは延々とノートに書き綴る。
「ココに代入ヲ……ガガ……ギ……ギィ……」
『もんのむこう』のひとたちがつくった、便利な機械たち。けれど。ぼくは好きになれなかった。
「シクダイ。明日アサマデ。今日家でヤルデス……」
(終わった……)
授業が終われば、あとは自由。ぴりぴり重い『寺子屋』は心臓に悪い。
「はー……っ」
深呼吸。
ぼくは、いつもの場所に向かう前に寄り道をした。
お菓子屋さん。おもちゃ屋さん。そんなお店はオトギリ町にはない。
あの。ぼくね。図書館の帰り道に見つけた『小屋』が気になったんだ。
(ここ。気になってるんだ)
ぼくの足を止めたのは……古ぼけてて、どこか絵本に出てくる小さなおうち。みたいな……。とんがり帽子を被ったお婆さんが出てきそうな。そんな感じの小屋だった。
「ここ、なんだろう?」
じっと、小屋の外を見つめるぼく。
ぱたぱた。
「みつけたのー」
聞きなれたあの声。しーちゃんだ。ぼくのことが心配だったのか、探しに来てくれたみたい。
「しーちゃん。わざわざぼくに会いにきたの?」
「きたのー!」
ちらり。しーちゃんの眼が『小屋』に向いた。
「ルルヤくん。このおうち。なーに? なのー?」
「ぼくにもわからないんだ」
「あけて、みてみるのー!」
えっえっ。勝手に開けちゃまずいよ! 誰か住んでいたら……。ぼく。犯罪者になっちゃう!
しーちゃんがくるくると、小屋の様子を見回っている。
「だれもいない。いないのー!」
しーちゃんが言うには、誰も住んでいないそう。
「だから。だいじょうぶなのー!」
いや、大丈夫じゃないよー!
ーーガチャ。
鍵が開いたような音!
えっ!
「待って待って待って! しーちゃん!?」
「あいちゃったのー!」
しーちゃんが勝手に小屋の扉を開けていた。どうやら鍵がかかっていなかったらしい。
「はいるのー」
「しーちゃん!?」
しーちゃんは怖いもの知らずだ。ぼくは仕方なく彼(?)、彼女(?)の後ろをついていく。
うーっ。砂ぼこりと、カビのニオイ……。長い間誰も住んでないまま空家になってたみたい。
砂ぼこりまみれの床の上には、古ぼけたお手紙。
「なんだろう?」
ぼくはそれを拾って読み上げた。
ーー「『まほうつかいのいえ』」
……?
なんだろう。よくわからない。
それは……そうと。
「けほっ。けほっ……」
砂埃がすごい。
目と鼻、喉がつらいよう。
げほっ! この小屋に、長居はできないかも。
ぼくの視界にしーちゃんはいない。
(しーちゃんどこ!?)
「しーちゃん。ぼく。ここから出たいんだけ……どっ! って、えっ!」
砂埃まみれの小屋の中。
「ここなのー!」
しーちゃんが何かを拾ってきた。
「ルルヤくん。おみやげなのー!」
視界がかすんでよく見えない……けど、ええと。青くてまん丸の『珠』だ。
けほ!
「あ、ありがとう! って、ドロボーじゃん!」
しーちゃん。小屋の中にあるもの拾ったら、ドロボーだよ……。
けれど。しーちゃんは気にしていないようだ。
「ううん。『ほうせきさん』が、しーちゃんをよんでたのー! 『たすけてー』って。だから、しーちゃんねぇ。たすけたのー!」
えっへん。
『ほうせきさん』は、この珠のことだろう。
「し、しーちゃん……」
ぼくは、仕方なく……その珠を受け取った。あとで砂埃をぬぐってあげよう。
けほっ。
けほっ。
うへぇ。カビと砂埃がつらいよう。
ぼくは持っていたハンカチで口元を押さえながら、くるりと踵を返した。これ以上中にいる必要はないから。
「しーちゃん。ぼく、ここにいるのつらい」
しーちゃんは、どうやら平気みたいだけど……。
(まだ、何か気になるのかな?)
「しーちゃんだけで、探検してもいいんだよ」
ぼくは外で待っているから。
「んー? んーとねぇ」
しーちゃんは考える仕草をとった。
(ぼくはかえりたい!)
「じゃあ。かえるのー!」
ぱたぱた。
「むりは だめなのー」
「そう。そうだね」
キィ……。
ぼくとしーちゃんは、小屋を後にした。
【7】
「……に、しても。この『珠』すごく、きれいだね」
いつもの場所で、切り株に腰掛けて。
ざばざば。
『珠』をお水で洗って、タオルできれいにぬぐったら、ぴかぴか。きらきらになった。
ぼくの髪の色によく似ている。吸い込まれそうな藤色……。くすんだ青に紫を少し混ぜた青。
「きらきらなのー!」
とはいえ。これをぼくのモノにしていいのだろうか?
「しーちゃん。わかるのー! 『ほうせきさん』がねぇ。ルルヤくん。すきすきなのー!」
「……生き物じゃないんだから」
けど。
この『珠』。なんだか温かい。安心できるぬくもりだ。
「しーちゃんが言うように、この珠。生きてるみたい」
「『ほうせきさん』 いきてるのー!」
ぼくは、じっと『珠』を眺めた。
もうひとりのぼくが、じっとこちらをながめている……。
「『ほうせきさん』 ルルヤくんといっしょがいいのー!」
しーちゃんにはそう見えるみたい。
(しーちゃんの『お人形あそび』に、付き合ってあげようか)
「……『ほうせきさん』 ぼくと一緒がいい?」
『珠』ーー『ほうせきさん』は、きらりと頷いたように見えた。
「じゃあ。今日からぼくと一緒だよ。さみしかったよね。これからは、さみしくないよ」
『ほうせきさん』が、にこりと笑った……ように見えた。
(『珠』なんだから、笑うわけないよね)
中に何かが入ってて、その中身が笑う……とか? そんなおかしな話。あるわけないか。
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