おめざめ。なのー!6

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おめざめ。なのー!6

【8】  ぼくは『ほうせきさん』をきれいな布でくるんで鞄の中へとしまった。この鞄には、ぼくの大事なものが全部入っているから。  「絶対になくさない。なくさないからね」  しーちゃんと一緒に遊ぶときには、いつもこの鞄をもっていく。今日も、いつもの場所にしーちゃんはいた。ぼくのお気に入り。図書館から少し離れた小さな広場。ぱたぱたとしーちゃんの羽根が揺れる。  「なのー!」  「おはよう。しーちゃん」  ぼくは『ほうせきさん』を外に出してあげた。タオルのおくるみから落とさないように、気をつけて……。  「鞄の中窮屈だったよね。ごめんね」  いつの間にか、大事なぬいぐるみのような扱いになっている。  「ぴかぴかなのー!」  「そうだね。家でも磨いてあげてるから。かな」  「だいじだいじなのー!」  きらっ。  『ほうせきさん』が笑った気がした……。  「……ふふっ」    しーちゃんがいる毎日。退屈しなくて、楽しい。こんな日がずっと続くといいな。  ーだけど。ぼくは16歳になったら……。  ……。  ……。  ひゅう……。風がぼくの頬を撫でる。  「どうしたのー?」  しーちゃんが、ぼくの顔を覗き込んでいる。  「あっ。えっと。考え事してたんだ」  「かんがえごとー?」  ……はぁ。  ほんとは、すごく言いにくいことなんだけど。  「……ぼくね。16歳になったら、あそこ。『もんのむこう』に行かなくちゃいけなくて。……ぼくもうすぐ13歳になるし……。あっという間に16歳になりそうな気がして……。ちょっと怖くなった」  『オトギリ町』のルール。これは、今まで誰にも言ったことがないんだ。  「こわいー? のー?」  しーちゃんは「?」を浮かべている。それもそう。『もんのむこう』なんて、『生まれも育ちもオトギリ町』のひとじゃないと、わからないから。  「ルルヤくんは……」  しーちゃんがくるりと背中を向けた。ぱたぱた。    「このまちから、でないのー? でたら じゆう。 じゆうなのー!」  くるくる。しーちゃんが廻る。  「えっ」  考えたことなかった!  ってか、この町から出……出たらッ  「ぼ、ぼく、『純血』だから、この町から出たら……『もんのむこう』から兵隊さんがきて……! ぼく! どうなるかわかんないよ!」  実際に、兵隊さんを見かけたことはないけれど。  『純血』は、オトギリ町から出てはいけない。そういうきまりがあるから……。  「ぼく。図書館で、沢山本を読んで、『オトギリ町』以外の場所があることも知ってる。けど……」  「けどー?」  「ぼくは……ずっとここにいるしか」  しーちゃんがいなくなったら、ぼくは……。またひとりぼっちの生活だ。  『もんのむこう』に、幸せな未来があるとは思えないし……。向こうから配られるお弁当。おいしくないから……多分。あんまりよくなさそう。  「……」  ぼくは、鞄に出していたものをしまった。  「ごめんね。しーちゃん。暗い話しちゃって」  「ルルヤくん かわいそ かわいそなのー」  しーちゃんがぼくを慰める。    こればかりは、ぼく自身が動いても……『オトギリ町』のルールだから。  破ったら……ぼくのいのちは終わる。  「はぁ……」  (叶うなら、もっと。楽しくて……ぼくらしく。生きられる場所に行きたいな……)  そんな願いが、叶うことはないけれど。  「なのー」  そよそよ。風が靡く。  ……。  ……。  どすん!  あれ? 風の音に混じって、なんかすごく大きな音が聞こえてきた!  「しーちゃん。今の音、なに?」  しーちゃんが、『もんのむこう』の方角をじっと見つめている。  唐突すぎて、ぼく! わかんない!  「わぁあ! ここもあぶないのー!」  爆発音は『もんのむこう』からだった。『もんのむこう』は塀で覆われているから、中がわからない。けど、すごく焦げた臭いが漂っているのは確かだ!  「えっ!」  漂う煤けた臭いが、はっきりとぼくたちの場所まで流れてくる。  う!  気持ちが悪くなりそう。  「な、なにが起こっているの!?」  気持ち悪さを堪えて、ぼくは冷静に。冷静に。『もんのむこう』を見た。空が真っ黒だ……。  今まで、こんなことなかったのに。  「……なんで!」  お仕事の失敗とは思えない。中で何か戦争が起こったような、そんな感じ……!  『もんのむこう』だけの災いなら、まだよかった……!  けど! それを追いかけるかのように、ぼくたちがいる『もんのそと』も無事では済まされなくて。  「わぁっ!」  地震だ! それも、結構大きい。  「わ、あ!」  ぼくはその場で丸くなって倒れた。  幸い、樹々が倒れることはなかったけれど……。  「う、う……」  揺れはすぐに収まったけど、「これで終わり」って感じがしないんだよね。    う。なんだかもっと焦げ臭いにおいがする。  「ルルヤくん。 ここきけんなのー!」    「わかってるよ! でもどうすれば!」  どこからともなく、怒声と悲鳴が聞こえてくるよ!  平和なオトギリ町で、誰かの不満が爆発したのかな?  ぼくは怖かった。  「逃げなきゃ……」  もう家には帰れない。  (どこか、安全な……場所)  「――! ――!」  うっ! どこかから叫び声が聞こえてきたよ! ドサッ! って何か倒れる音も……!  (や、だ……)  たたた……。  わ! ぼくたちに近づく誰かの足音!  ――「助けて!」  知らない男のひとが、助けを求めにきた。ぼく。こんなひと知らない。どこからか避難してきた『よそもの』だ……。  「ー!」  「大丈夫ですか!?」なんて言える余裕はなかった。ぼくの口から出たのは、こみ上げる吐き気を殺すうめき声だから……。  (いや!)  その姿は、火だるまで。  今にも息絶えそうなくらいひどかった。  「うっ!」  ぼくは、こみ上げる吐き気に耐えながら、その『男性』に近づこうとした。  ――遅かった。  ー「たす、け……」  ばたり。  どさ。  ……静寂。  そのひとは、ぼくの前でばったりと息絶えてしまった。  ――『死』  ぼくは、はじめて誰かの『死』を見た。  「……!」  ぼくの視界が白黒になる……。  「え……あ……」  ぼくの頭が追いついていない。ぼくは、ぼくは……!  「ー!」    がし!  「ルルヤくん!」  ぼうっと立っていたら、しーちゃんに腕を掴まれた!  ー「ルルヤくん! にげるのー!」  はっ!  ぼくは元の世界に戻された!  「どこへ!?」  下手に逃げたら命の危機!  ぼくも、さっきのひとみたいに火だるままる焦げになっちゃう!  嫌だ嫌だ嫌だッ!  ど、どう逃げれば……!  「にげるのー!」  ぼくは、しーちゃんに腕を掴まれ、おぼつかない脚で一生懸命走った。バランスがとれず、脚がもたつく。草木が刃物のようにしてぼくの脚を傷つける。  「ルルヤくん」  しーちゃんの脚がとまった。  周りは木々。身を隠すのはちょうどいいけど……。  (うっ。血の臭いかな……)  凄惨な悲劇の臭い……が深まっている。ぼくは、ぼくは……そうなりたくない!  「な、なに!?」  しーちゃんがいるから、心強い。けど! けど! しーちゃんと共にバッドエンドは嫌だよぼく!  「しーちゃんねぇ。まほうをかけるのー! ルルヤくんを、しあわせにするまほうなのー!」  しーちゃん! こんなときに何言ってるの!?  「しーちゃん! まほうでなんとかなるなら、なんとか! してよ!」  ぼくの余裕のなさが、しーちゃんを攻撃した。ご、ごめんねしーちゃん。  「ぷぅー。 しーちゃん おくのてなのー!」  しーちゃんは気にしてなさそうだけど……。  「ルルヤくんには いきていてほしいから」  しーちゃんはそう言うと、風船のように膨らんだ。  むくむく。  みるみるうちにしーちゃんが大きくなる。  ……なんで!?  もう、ぼく。わけわかんないよ!  「しーちゃん!?」  しーちゃんはぼくよりおおきくなって、その大きさはたぶん2メートルくらい……。    いつものしーちゃんとは違う。  「あ、あ……」  ぼくは、恐怖を感じた。  ーぼく、しーちゃんに殺されちゃう!    「だいじょーぶ。こわくないのー」  大きくなったしーちゃんが、ぼくに近づく……。ぐい。  待って。しーちゃん。  「え、え」    「しーちゃんねぇ。あとでいくのー!」  それは、ええと……。  ぼくにはバッドエンドの意味にしか聞こえなかった。  がし。大きなしーちゃんに肩を掴まれる。  ー「しあわせにするまほう! なのー!」  どこが!?  『幸せ』になるまほうなの!?  これじゃあ!  『死合わせ』だよ!  ー「わあああああ!!!」  ぼくは、しーちゃんに投げ飛ばされて……  そのまま……意識を失った……
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