あの川のうわさ

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 あの川には(わに)がいる。  今から十五年前、僕の通っていた小学校で一番有名な噂だった。  僕の故郷、〇〇市を流れる清流。その河川敷につくられたスポーツ公園を、自転車で十分ほど南下したところに、一台の乗用車が通れるほどの幅、全長五メートルほどの小さな橋がある。  その橋の上から、川に沿って生い茂る木々の隙間に、鰐の頭部らしきものを発見した、というのがこの噂のはじまりだった。  発見したのは、隣のクラス、四年三組の松村かずき。  彼は、親からのお下がりだという、当時では最先端だったデジタルカメラで撮影していた。  当時、彼はその写真のおかげで、一躍、時の人となり、休み時間には多くの生徒が彼の机を囲んでいた。  僕は、当時流行っていたトレーディングカードの、二枚被っていたレアカードの一枚をあげることを約束に、その写真を見せてもらった。  水は濁っていて、はっきりとその姿を捉えてはいなかった。だから、一目見て、これは鰐だと確信できる代物ではなかった。しかし、確かに、川沿いに生い茂った草木の隙間から、川の中心に向かって伸びる、細長い口のようなものが確認できた。そしてその口のようなものに、目のような二つの黒い丸がついていることも確認できた。これが鰐だと、断定まではいかないものの、鰐と思えばそう見えなくもない、そのくらいのクオリティの写真だ。だから肩透かしを食らった、というわけでもなかった。     鰐の噂が流行る半年前、隣の小学校の女児が行方不明になった事件があった。後日、行方不明になった女児の靴や、びりびりに破れた私服が、その川の川岸で見つかった。しかし、数か月たっても、容疑者は誰一人として現れず、町では、神隠しや野犬に襲われたのではないかという根も葉もない噂が飛び回った。その噂の一つに、この行方不明の犯人は、鰐のしわざだと、いうものがあった。そんな噂がたった理由は、その川の近くに、爬虫類専門店のペットショップがあり、鰐を販売していたからだ。さらに、そのペットショップは一部許可の下りていない爬虫類を販売しており、検挙され閉店していた。閉店される前に、所有していた生き物を放出し、その中に鰐がいたのではないか、と根も葉もない噂が生まれた。  当時の大人がこの噂をどれほど真に受けていたのかは分からない。しかし、校内では、この行方不明事件の犯人は、鰐のしわざだと、あの川には、鰐がいるのだと、騒ぎ立てる生徒は少なくなかった。  そんな、鰐の噂が、ひっそりと身を潜め、みなの記憶からも遠い存在になりつつあった時、松村かずき君の写真が登場した。  それにより、「あの川に鰐がいる」という噂が再び熱を熱を集めることとなった。
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