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不自然な笑み
「僕の優しい行動に触れたから、とは随分と殊勝なことを言うじゃないか」
「……殿下?」
吐き捨てた冷たい言葉とは裏腹に彼の笑みは不自然な程に濃くなった。
しかしよくよく見ると彼の瞳はちっとも笑ってはおらず、だからこそ警戒する気持ちが強くなり、胸がひどくざわついた。
エドワードの聡明さを表すように煌めく彼の紫水晶の瞳は今や陰り、闇を覗かせている。
そのことに気付いたわたしはギクリと肩を跳ね上げさせ、咄嗟に逃げようと腰を浮かせれば、今度は彼がわたしの腕を掴む。
腕を掴む力はそこまで強くないけれども、もしわたしが振り払うような行動を取ればどうなることか……考えるだけで背筋に薄ら寒いものが走る。
「どこに行くの?」
ニコリと人の良さそうな笑みを浮かべながら、彼は先程よりも強くわたしの腕を握った。
逃す気などさらさらないのだと感じとったわたしは諦めて再度腰を降ろすと彼は鷹揚に頷く。
「……別に取って食いやしないのだから、そう逃げないでおくれ」
「殿下、わたしは……」
「言い訳は結構。それとも『友達』になれない僕とは話したくもないか?」
寒々しい彼の視線を向けられると、最初から聞かれたことに対する決まりの悪さからつい目線を下にやりたくなる。けれど、そんなことをすれば尚更彼の機嫌を損ねるだろう。
かといってこの場を打開する程に上手い言葉が出てこなくて、ついつい口を閉ざしてしまうと、エドワードは笑顔を取り払い、表情を消した。
「……キミはそれ程までに僕が嫌か?」
違う。わたしは彼のことを嫌ってはいない。その逆だ。
恋しくて、愛おしくて、けれども決して手の届かない貴方をどれだけ欲したことか……!
しかしわたしがどのような行動を取ろうとエドワードは本当の意味でわたしを見てくれることがなかった。
何度も何度も繰り返す生の間にどれだけ絶望してきたか彼は知らないがゆえに、わたしを相手に好き勝手に感情をぶつけられるのだ。
(なんでわたしばかりこんな苦しい思いを抱いていないといけないの?)
どうせ繰り返すのなら、わたしも皆と同じように全て忘れ去りたかった。
誰にも必要とされず、誰にも愛されない人生なんか一度で沢山だ。
耐え難い思いは涙に変わり、わたしの頬を濡らす。
その姿に彼は驚いたように眼を丸め、捉えていた腕を解放する。
「殿下、わたしのような凡庸な女のことなど……どうか捨て置いて下さいませ」
深々と頭を下げて懇願したことで、彼がどのような表情をしているか分からない。
けれどわたしがこの場を走り去ろうとも、彼は動くことがなかったーーきっとそれが彼の出した答えなのだ。
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