続かなかった言葉

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続かなかった言葉

 ズキズキとこめかみが鈍く痛む。  『失敗』したことで時間が巻き戻り、目覚めた朝に毎度頭が痛むのは『また』人生が始まったことへの憂鬱さの表れか。もしくは純粋に体調が優れないからか。  薬を飲むかどうか悩む程度の微妙な頭痛に顔を顰めそうになる――それを堪えたのは回廊の先に妹のミアが立っていることをもう知っているからだ。 「おはよう、ミア。随分と早いのね」  まだ夜が明けてから幾分も経っていない時間だ。その証拠に使用人達の姿もまばらで、屋敷全体が閑散としてどこか物寂しい印象を受ける。  常に供を引き連れて歩くことを好むミアが誰に付き添われることなく、一人で歩くのは大概わたしに嫌味を言いたい時だ。 「おはようございます、お姉様。今日は王城でのお茶会がありますもの。レディであればおめかしには時間が掛かるというもの――まぁわたくしの引き立て役であるお姉様にはそのような努力は無駄にございましょう」  猫のように丸い瞳を細めて、歪にせせら笑う彼女に苦笑する。  年違いの妹はわたし以外の誰に対しても愛嬌も愛想もあるのに、何故だかわたしの前でだけはそれらを全て取り払う。  果てのないタイムリープの間に、嫌われている理由を何度か尋ねても明確な理由を答えてくれないのは、それだけわたしのことが生理的に受け付けないということか。 「ええ、そうね。貴女の言う通りだわ」  事実、ミアの容姿は確かに美しい。  波打つプラチナブロンドの降り始めた雪のように汚れを知らない白い肌。丸みのある大きな碧玉は宝石のように輝いており、花の妖精のように麗しい見た目と天性の愛嬌の良さ――そして後に彼女は国の第一王子であるエドワード殿下にまでも想いを寄せられるのだ。 (……わたしも殿下に愛されてみたかったわ)  けれど何度人生をやり直してもわたしと殿下は真実の意味でお互いを思いやる関係になった試しがない。どれだけやり直しても『歪な関係』にしかなれないのならば、もう潔く諦めてしまえば気は楽だ。  自嘲を零せば、ミアは信じられないものを見たと言わんばかりに眼を見開き、そして顔を紅潮させる。 「お姉様は……」  戦慄く彼女の唇から次の言葉が続かなかったのは背後からメイド達がやってきたからだ。それに気付いたミアは唇を噛み締めて、踵を返す。音もなく、可憐な足取りで見る間も無く消えていく彼女の背をわたしはじっと見ていた。
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